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53話 ざわめく晩餐会

晩餐会の夜。

屋敷には貴族たちの馬車が次々と到着し、

きらびやかな笑い声とシャンデリアの光が、空気を震わせていた。


メアリーは控えの間で、何度も深呼吸をした。

アルバートの命令で“客人”として招かれた。

メイド服ではなく、屋敷の侍女が選んでくれた薄紫のドレスをまとって。


鏡に映る自分を見つめ、彼女は小さく首を振る。

――これは夢。

一夜だけの幻にすぎない。


「……失礼します」

侍従に案内されて大広間に入ると、

すぐに視線が集まった。


「誰だ?」「あの女性は?」

「アルバート卿の……新しい婚約者?」


ひそひそと囁きが広がる。

それでも、アルバートは堂々と立ち上がり、

メアリーを自分の隣の席へと案内した。


「本日は、私の恩人であり、心の友を紹介したい。

メアリー・グレイだ。」


その言葉に、場がシンと凍りつく。

彼が“心の友”などという言葉を使うこと自体が、異例だった。


メアリーは礼儀正しく一礼し、

そのまま視線を下げて席に着く。

けれど、隣のアルバートは微笑みを崩さず、

グラスを軽く鳴らした。


「さあ、始めよう。」


晩餐が進むにつれ、周囲の貴婦人たちは

嫉妬と興味の入り混じった目を向けてきた。

それはそうだろう、アルバート様より10才も年上のメイド女がいきなり現れて、親しそうにしているのだから。


「メアリーさんとやら、どちらのご出身で?」

「まあ、お肌が白くて……労働の跡も見えないのね?」


探りを入れるような言葉。

しかしメアリーは、穏やかに笑い、完璧な礼儀で答えた。


「身分は卑しいものでございますが、

主にお仕えできることを誇りとしております。」


その謙虚さに、一瞬だけ場が静まる。

だが、すぐにまたざわめきが起きた。


――その時だった。


「久しぶりだな、メアリー。」


低く落ち着いた声が背後から聞こえ、

彼女の手が震えた。


振り向けば、そこに立っていたのは――ヘンリー。

以前、再会したあの若き日の初恋の人。


「……ヘンリー様。」


「まさか、アルバート卿の隣に座っているとは思わなかったよ。」

皮肉めいた笑みを浮かべながら、

彼はアルバートへ視線を向けた。


「これは驚きだ。

卿は、メイドを“心の友”と呼ぶほど情熱的なのですね。」


その場の空気が、一気に張りつめた。

アルバートは微笑みを保ちながら、

グラスをテーブルに静かに置く。


「彼女がどんな身分であれ、私にとって特別なのは変わらない。」


「特別、ですか……」

ヘンリーの瞳が鋭く光る。


メアリーは息を呑んだ。

まるで二人の男の間に、火花が散るようだった。


――この二人? もしかして、仲が良くない?


ヒヤヒヤしながらメアリーが見守っていると、ヘンリーが「また、あとで」とメアリーに耳打ちして去っていってくれた。

――よ、よかった!

ホッとして、胸を撫で下ろしたのもつかの間、隣のアルバートが睨み付けるようにヘンリーの後ろ姿を見ていて慌てた。

「アルバート様、お食事をたのしみましょう!」

アルバートはメアリーに視線を戻すと、

「何か耳打ちしていたな、あれはなんだ?」

と詮索し始めた。

メアリーは、心の中でため息をついた。

「旧友に挨拶していただけのことですよ」

納得がいかない顔で、アルバートはまた食事をはじめた。


やがて晩餐の終盤、

音楽が流れ、客たちがホールに移動し始める。

アルバートが立ち上がり、手を差し出した。


「踊ってくれるか?」


「……そんな、私は――」


「拒むのか?」

その瞳に宿るのは、威厳と、ほんの少しの寂しさ。


メアリーはそっと手を伸ばした。

そして、二人はワルツのリズムに乗って踊り始めた。


人々のざわめきが遠のき、

灯りの中で、ただ二人の影が寄り添う。


――けれどその様子を、

ホールの片隅で、静かに見つめている男がいた。


ヘンリー。


その首には、小さな銀のペンダントがある。

それは、かつてメアリーの母の形見だったもの――。


どうして!?

ヘンリーから返してもらって、自分の部屋に大切に仕舞っておいたあのペンダント……なぜ、また彼が持っているの?


彼の指が、そのペンダントを強く握りしめた。

「……返してほしい?」

ヘンリーの口がそう動いたように見えた。


淡い音楽の中、アルバートと踊りながら、メアリーはヘンリーから目を離せずにいた。


そして、メアリーは、火事場に唐突に現れた若き頃のヘンリーを思い出した。

そう、メアリーの屋敷が火事になった時、ヘンリーは屋敷の外から現れたのではなく、内から現れていたのだ。

急に過去の記憶がよみがえってきて、メアリーは思わずアルバートの手を強く握りしめた。


「大丈夫か? メアリー??」

ハッとしてメアリーはアルバートを見た。

「え、ええ。少し、体調がすぐれないようなので、風にあたってきます。」


心配するアルバートから離れ、メアリーは一人、ふらふらとバルコニーに歩いていった。


しかし、その先でメアリーは新たな波乱が忍び寄っているのに気づきもしなかった。




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