5話 秘密
「……あなた、男、なのですね」
控え室に響く自分の声が、やけに冷静に聞こえた。
眼鏡の奥で私は相手をじっと見据える。
ドレスを半ば脱ぎかけた“エリザベス”は、観念したように肩を落とした。
「……本当の名は、エドワード・ハミルトン。エリザベスは、姉の名前です」
「姉の、名前?」
「はい。姉は病弱で、社交界に顔を出せない。だが父は、どうしてもハミルトン家の名をつなぐ縁談を進めたい。……だから私が女装して、代わりに舞踏会へ出ているのです」
私は思わず額に手を当てた。
(そんなややこしい事情……! でも、なるほど完璧すぎる美貌の理由も納得。中身は男だから、隙がなさすぎたのね)
エドワードは恥じらうように視線を逸らした。
「……どうか、この秘密はお坊っちゃまには……」
「ふん」
私は腕を組み、ずしりと体重をかけて立ち上がった。
「私が黙っていれば済む問題ではありません。あのお坊っちゃま、あなたにすっかり夢中なんですから」
「……アルバート様が、ですか?」
「そうです! 婚期がおくれにおくれて困っているというのに、よりによって“男”に惚れてどうするんです!」
声が大きすぎたのか、扉の外から「メアリー様……?」と若いメイドの声がした。
私は慌てて「何でもないわ!」と怒鳴り返す。
……道のりは遠い。
お坊っちゃまを結婚に導くどころか、相手が男では振り出しどころかマイナスだ。
それでも。
私は再び眼鏡を押し上げ、ぐっと睨みつけた。
「いいですかエドワード様。あなたの事情は理解しました。しかし――お坊っちゃまの婚期を妨げることは、断じて許しません!」
「そ、それは……」
「ですから! もし万一、アルバート様が“あなたしか見えない”などと言い出したら……その時は、私が必ず説教して改心させます!」
エドワードはしばし呆気にとられ、やがて――吹き出した。
「……あなた、本当に面白い人だ」
「面白い? 私は真剣そのものです!」
眼鏡の奥から鋭い光を放つと、彼はなおさら笑いをこらえきれなくなった。
困ったことに、その笑みは女性のドレス姿にもかかわらず、妙に爽やかで……。
(あぁ……厄介なことになったわね)
私はため息をひとつ。
お坊っちゃまの婚活は、思った以上に“険しい道のり”であることを、改めて痛感したのだった。