45話 メイド生活
ヘンリーの屋敷を去ってから数日後、メアリーは街外れの大きな屋敷へとやって来た。
ここは貴族のデヴォン家。格式が高く、使用人の数も桁違いだった。
初めて足を踏み入れたその朝、彼女はすぐに現実を思い知らされることになる。
「メアリー! 何度言わせるの! ナプキンの折り方が違うわ!」
甲高い声が響き渡る。
叱責しているのは、この屋敷のメイド頭、モード夫人だ。
銀の髪をぴっちりと結い上げ、目の奥は冷たい氷のよう。
彼女の前では、誰も逆らうことができなかった。
「す、すみません……」
メアリーは慌ててやり直すが、震える指が思うように動かない。
(ヘンリー様の屋敷では、こんなに厳しくなかったのに……)
心の中でため息をつきながら、ただ黙々と働くしかなかった。
昼食の休憩もなく、一日中働いて、夜になっても怒鳴られ、同僚のメイドたちにもなかなか馴染めない。
誰もが自分のことで精一杯で、よそ者のメアリーには冷たい。
夜、薄暗い屋根裏の部屋で一人ベッドに座ると、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(……ヘンリー様)
そっと懐から、母のペンダントを取り出して握りしめる。
唯一の心の支えだった。
***
そんなある日の午後――
中庭で花の水やりをしていると、後ろから小さな声がした。
「きみ、よく怒られてるね」
振り向くと、金髪の少年が立っていた。
上等な服を着ているが、靴は泥で汚れ、手にはスリングショット(パチンコ)。
いたずらっぽい瞳がキラリと光っている。
「……あなたは?」
メアリーが戸惑うと、少年は胸を張った。
「アルバート=デヴォン。ここの家の次男さ。十歳」
「えっ……ご子息様……!?」
慌てて頭を下げるメアリー。
だが、アルバートは楽しそうに笑った。
「そんなにかしこまらなくていいよ。ぼく、退屈してたんだ。きみと話したい」
その日から、アルバートはことあるごとにメアリーを見つけては話しかけてくるようになった。
彼の無邪気な笑顔に、メアリーの心は少しずつ和らいでいく。
――けれど、まだ知らなかった。
この出会いが、彼女の運命を大きく動かすことになるということを。




