44話 別れの朝
寄宿学校へ旅立つ前の朝。屋敷の中は慌ただしく使用人たちが走り回り、馬車の前には荷物が山のように積まれていた。
ヘンリーは背筋を伸ばし、凛とした面持ちで玄関に立っていた。けれど、メアリーが近づくと、その横顔は少し揺れ、年相応の少年のあどけなさをのぞかせる。
「……本当に行ってしまうのですね」
メアリーは、胸に秘めた思いを飲み込みながら微笑んだ。
「ええ。父の望みですから。けれど……」
ヘンリーは声をひそめ、彼女の手をとった。
「寄宿学校で何年離れることになっても、僕は必ず戻ります。あなたを忘れることは決してありません」
その言葉に、メアリーの胸は締めつけられる。
彼の言葉が真実だと信じたい。けれど、彼の部屋から持ち出した母の形見のペンダントが、彼女の心に影のように重くのしかかっていた。
「私も……忘れません」
声が震えるのを必死に抑えて、メアリーは答える。
馬車に乗り込む直前、ヘンリーは振り返り、彼女に小さく手を振った。
その一瞬の笑顔を、メアリーは生涯忘れることができないだろう。
――そして、馬車は走り去っていった。
***
その日の夕方。
メアリーはヘンリーの両親に呼び出され、応接室に通された。
「メアリー、長い間よく働いてくれましたね」
ヘンリーの母が静かに言葉をかける。
「ありがとうございます。ですが……私、他家のメイドとして働きに出ることにいたしました」
メアリーは深く頭を下げた。
ヘンリーの寄宿学校行きの話が出たときから、メアリーはここを出ることを決めていた。
「今までなに不自由なく、育てて頂き、感謝してもしきれません……。」
ヘンリーの父は少し眉をひそめていたが、すぐに頷く。
「そうか。おまえの年頃なら、自分の道を探すのもよいだろう」
二人の視線に見送られ、メアリーは屋敷を後にした。
懐には、母のペンダント――そして、まだ青い恋心。
それが彼女を、これから待ち受ける新しい運命へと導いていくのだった。




