43話 過去編・秘密の恋と裏切りの影
それから二年が経った。
メアリーは十代半ばに成長し、ヘンリーの屋敷での日々にも慣れていた。
最初は孤児としての不安と寂しさで泣き暮らしていた彼女だったが、ヘンリーの存在はいつしか支えとなり、そして――密やかな想いへと変わっていった。
ヘンリーもまた、彼女に特別な眼差しを向けるようになった。
庭園のバラを贈られた夜、二人はこっそり手を取り合った。
「君は僕の大切な人だ」
その一言に、メアリーの胸は熱く震えた。
だが、彼らの関係は人に知られるわけにはいかなかった。
身分の差、そしてまだ若い二人の立場を考えれば、許されるはずもない。
だからこそ、秘密の恋は燃えるように甘く、痛みを含んでいた。
――そして、別れの日がやってくる。
両親の勧めで、ヘンリーが寄宿学校に行くことになったのだ。
その前夜。
……明日の朝には彼は屋敷を離れる。
胸が張り裂けそうな思いで、メアリーは意を決して彼の部屋を訪れた。
「……ヘンリー」
ノックして入ると、彼は荷造りの最中だった。
本や服、書き物に囲まれながら、少し寂しげな笑顔を浮かべる。
「来てくれたんだね、メアリー」
二人きりの部屋。
しばし語り合い、別れを惜しむ沈黙が流れた。
「メアリー」
ヘンリーは彼女の名前を呼ぶと、つと手をとり口づけをする。
「ヘンリー」
あまりにも心臓が高鳴って、メアリーは顔が熱くなる。
そして――ふと、視線をやったとき。
机の引き出しが半ば開いていた。
中に見覚えのある銀色の光が差している。
(まさか……!)
コン、コンと、部屋をノックする音。
「ヘンリー様、お父上がお呼びです」
召使いの静かな声がする。
「メアリー、少し待っていてくれ」
ヘンリーが彼女の手を離すと、部屋を出ていく。
メアリーはそっとその場から移動すると、無意識に手を伸ばしていた。
引き出しをそっと開けると、そこには――母の形見のペンダント。
中央に青い宝石がはめ込まれた、忘れるはずのないあの装飾品が、ひっそりと眠っていた。
「……どうして、これが……?」
声が震える。
背後から、低い声がした。
「……それを、見つけてしまったのか」
振り返ったメアリーの目に映ったのは、いつもの優しい少年ではなく、どこか冷酷な光を帯びたヘンリーの横顔だった。




