4話 ハプニング
「ローストビーフはもっと厚めに! 花瓶の配置は左右対称! 蝋燭は溶け具合まで計算して!」
夜会を数日に控え、私は屋敷中を駆けずり回っていた。
メイドも料理人も、私の指示に振り回され、半ば泣きそうな顔で動き回っている。
「メアリー様、そこまで気にする必要は……」
「甘い! “人を感動させるとはこういうことです”と、わたくし何度言いましたか! 夜会とは戦場、油断した瞬間に負けです!」
鋭い眼鏡の奥から睨まれると、メイドたちは「ひいっ」と声をあげて走り去る。
……我ながら、ちょっとやりすぎかもしれない。けれど完璧を求めるのが私の流儀なのだ。
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そして迎えた当日。
大広間はシャンデリアがまばゆく輝き、楽団の音楽が優雅に響き渡っている。
貴族たちのドレスや燕尾服が行き交う中、主役のアルバート様は余裕の笑みを浮かべて賓客を迎えていた。
そして――彼女が現れた。
エリザベス・ハミルトン嬢。
肖像画そのままの美貌に、宝石を散りばめたドレス。まるで月の女神が舞い降りたようで、会場中の視線が彼女に釘づけになった。
(……完璧すぎる)
私は壁際で控えながら、眼鏡越しにその姿を見つめた。
だがその完璧さを妬む者もいた。
アルバート様と談笑していた主催者令嬢――いかにも気の強そうな女性が、わざとらしくグラスを傾けた。
次の瞬間。
――ぱしゃり。
真紅のワインが、エリザベスの純白のドレスに盛大にぶちまけられた。
場内が一瞬静まり返る。
エリザベスは一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに微笑んで取り繕った。
(やっぱり出たわね、社交界の嫌がらせ……!)
私はすぐに駆け寄り、低い声で言った。
「こちらへ。すぐにお着替えを」
エリザベスは首を横に振った。
「大丈夫です、わたくしは……」
「大丈夫ではありません。主催者の顔を立てたいなら、余計にこの場から下がるべきです」
眼鏡の奥から鋭く睨むと、彼女は観念したようにため息をつき、私に連れられて控えの部屋へ。
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部屋に入ると、私はすぐにドレスを手に取った。
「さあ、早く脱いでください」
「……ま、待ってください! 自分でできますから!」
「いいえ、あなた一人では無理。ぐずぐずしている暇はありません!」
抵抗するエリザベスを、私は容赦なくぐいっと回し、背中のホックを外す。
その瞬間――。
ドレスの下から現れたのは、薄い布越しに見える引き締まった胸板。
白磁の肌のはずが、そこには少年のような体躯があった。
「…………っ!」
私の手が止まり、眼鏡の奥の瞳が大きく見開かれる。
エリザベスは顔を真っ赤にして、必死に上着を押さえた。
「……お願いです。誰にも言わないで」
――その声は、まぎれもなく“男”のものだった。