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31話 帰る場所

メアリーを乗せた馬車が屋敷の門をくぐった時、胸の奥から深い安堵がこみあげてきた。

見慣れた石畳の庭、忙しなく動くメイドたちの姿――ここはやはり、自分の帰るべき場所だった。


玄関扉が開くと、そこに立っていたのはアルバート本人だった。

いつも冷ややかに見える灰色の瞳が、その時ばかりは揺れていた。


「……戻ってきてくれたのか」

低い声。

しかし隠しきれない安堵がにじむ。


メアリーは深々と頭を下げた。

「長らくご心配をおかけしました。本日より、またメイド頭として職務に励みます」


その几帳面な口調に、アルバートの唇がかすかに緩んだ。

「君がいない間、屋敷は散々だった。掃除も食事も、何もかもが物足りない。……やはり君でなくては」


メアリーは思わず顔を赤らめ、眼鏡を押し上げた。

「お坊っちゃま、それは少々、大げさかと」

「大げさではない」

アルバートは歩み寄り、彼女の手を取ろうとしたが、すぐに思い直したように拳を握りしめる。


廊下の隅から若いメイドのソフィアがそのやりとりをじっと見つめ、胸をときめかせていた。

(ああ……やっぱり、アルバート様の奥様になるのはメアリーさんしかいないわ!)



---


再び日常が始まった。

メアリーは以前と同じように、洗濯物を点検し、料理の味を確認し、若いメイドに鋭い指示を飛ばす。

だがその合間、ふと振り返ると、アルバートの視線に気づくことが増えた。


(……お坊っちゃま。なぜ、そんなに私を見ていらっしゃるの……?)


胸の奥に、説明できないざわめきが広がる。

それは彼女がまだ認めたくない感情だった。


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