3話 完璧な令嬢
「メアリー。君に見せたいものがある」
午後の執務室で、アルバート様は机の引き出しから一枚の小さな肖像画を取り出した。
そこに描かれていたのは――。
金色の巻き毛が柔らかく肩に波打ち、白磁の肌は朝露に濡れた花びらのよう。頬は淡く薔薇色に染まり、唇はきらめく果実のように瑞々しい。
そして何より、瞳。透きとおるエメラルドの輝きに、思わず息を呑んだ。
「……これは」
「ハミルトン伯爵家の令嬢、エリザベス・ハミルトン嬢だ。見事なお相手だろう?」
私は眼鏡をくい、と押し上げた。
完璧。あまりに完璧すぎる。
まるで社交界の理想を寄せ集めて描いたかのようだ。
「お坊っちゃまにここまでおっしゃらせるお嬢様、初めてでございますね」
私が皮肉まじりに言うと、アルバート様は珍しく子どものような笑みを浮かべた。
「彼女の瞳を見ただけで分かる。打算も計算もない、まっすぐな光……」
(いやいや……本当にそんなことある?)
私の心の中のツッコミをよそに、アルバート様は続けた。
「ちょうど来週、私の誕生日だ。その夜会にエリザベス嬢をお招きすることにした」
「夜会、でございますか」
「ああ。メアリー、準備を頼むぞ。君が采配してくれるなら安心だからな」
ああ、嫌な予感しかしない。
屋敷中を駆け回って夜会の準備に大忙しの未来が、もうはっきりと見える。
けれど、私はメイド頭。鋭い眼鏡の奥で、にやりと口角を上げた。
「承知いたしました。やるからには徹底的に、です」
――そして運命の夜会で、私は“あの秘密”に出会うことになるのだった。