27話 傷
エドワードは客間のベッドに横たえられていた。
頬には白い布が当てられ、その下からじわりと血がにじんでいる。
「動かないでください。消毒します」
メアリーは震える手で薬瓶を持ち、ガーゼを湿らせた。
彼女の指先は緊張で冷えていたが、それでも懸命に動かす。
「……痛むかしら?」
「いや、君の手なら、痛みも半分になる」
エドワードはいつもの軽口を叩いたが、メアリーは首を振る。
「そんな冗談、言わないでください。あなたの顔に傷が残ったら……」
言葉は涙にかき消された。
「メアリー」
エドワードは片手を伸ばし、彼女の手をそっと握った。
「俺は後悔してない。君を守れた。それで充分だ」
メアリーは胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
なぜ自分のために、ここまでしてくれるのか――。
彼女の耳には、昼間アルバートがかけてくれた慰めの言葉がまだ残っていた。
けれど、その声は心に届かなかった。
今ここで、血を流しているのはエドワードだから。
「……お願いです、もう無茶はしないでください」
「無茶じゃないさ。俺にとって、君は――命より大事な存在なんだ」
赤い瞳が彼女を射抜く。
メアリーは答えられず、ただうつむいた。
その頃、アルバートは執務室でひとり窓辺に立っていた。
夜の庭に吹く風がカーテンを揺らし、彼の胸中のざわめきを映す。
(どうして、あの時……俺は立ち尽くしてしまった?
どうして、彼女を守れなかった?)
悔恨と嫉妬が心を焼く。
そして、自分の中で膨らみ続ける感情――メアリーへの想いに、ようやく気づきかけていた。




