26話 事故
次の休日。
メアリーは朝から胸騒ぎがしていた。
アルバートとエドワードが、再び彼女をめぐって言い争いをする予感があったのだ。
その予感はすぐに的中した。
庭園の一角、バラのアーチの下で顔を合わせたふたりは、互いに一歩も譲らなかった。
「何度でも言う。メアリーを幸せにできるのは私です」
エドワードの声は鋭く、いつもの軽薄な笑みは影を潜めていた。
「幸せにするだと? 口先だけだ」
アルバートの低い声が地を這い、二人の視線は剣のようにぶつかり合う。
その瞬間だった――。
馬小屋の方から暴れた馬が飛び出し、一直線にメアリーへ突進してきた。
目の前に迫る蹄。身動きが取れないメアリー。
「危ない!」
咄嗟に飛び出したのは、エドワードだった。
彼はメアリーを抱き寄せ、地面に身を投げ出す。
しかし次の瞬間、馬の蹄が彼の顔をかすめ、鋭い痛みが頬に走った。
「エドワード様!」
メアリーの悲鳴。彼の血が頬をつたって滴り落ちる。
エドワードは苦笑を浮かべながらも、メアリーを強く抱きしめた。
「……無事でよかった」
メアリーは蒼白な顔で首を振る。
「私が……ぼうっとしていたせいで……こんな……」
彼女は自分を責め続け、涙をこぼした。
アルバートは傍に駆け寄り、言葉をかけようとする。
「メアリー、君のせいじゃない。あれは――」
だが、その声は彼女には届かなかった。
ただ、傷を負ったエドワードの姿が胸を締めつける。
「私が看病します。しばらく……彼のそばにいさせてください」
そう言ってメアリーは、迷いのない瞳でアルバートを見つめた。
エドワードの傷は思いの外深いようで、アルバートの屋敷で数日間、寝込んでいた。
熱がさがって、動けるようになると、エドワードは、メアリーに屋敷についてきて欲しい。と懇願した。
アルバートの執務室。
その日は、やさしい日差しが窓から差し込んできていた。
「しばらく、エドワード様のお体が落ち着くまで、お側でお世話をさせていただきたいのです」
メアリーの強い言葉に、アルバートは目をみはる。
あの状況では、そうする方がよいのは分かっているし、彼女の気持ちを思えばそうしたいことだろう。
――しかし、自分から離れて過ごすメアリーのことを考えると、即答をすることができなかった。
「……勝手にしろ」
アルバートは無理やり口を開いたが、それしか言うことができなかった。
翌日、メアリーは、エドワードを支えながら屋敷を出た。
メアリーとエドワードを乗せた馬車が、屋敷から出ていくのを、アルバートは無言で見送った。
取り残されたアルバートは、握りしめた拳を震わせた。
(なぜ、あの時……俺は動けなかった)
胸の奥に、初めて覚える焦燥にアルバートは苦しむのだった。




