23話 アルバートとデート
正午の鐘が鳴り終わる頃、エドワードに別れを告げて屋敷へ戻ったメアリーを待っていたのは、黒の乗馬服に身を包んだアルバートだった。
彼の背筋はまっすぐで、どこか戦場へ赴く騎士のように見えた。
「……行くぞ、メアリー」
そう言って彼女を導いたのは、屋敷の裏庭に繋がれていた二頭の馬。
艶やかな栗毛の馬にアルバートが跨がり、もう一頭にはメアリーを抱き上げるようにして乗せた。
「ひ、ひとりで乗れます!」
必死に抗議するメアリーだったが、アルバートは容赦なく彼女を自分の前に引き寄せた。
「危ないから、黙って掴まっていろ」
「……っ」
背後から回される腕、揺れる馬のリズムに合わせて身体が触れ合う。
メアリーの耳まで真っ赤になった。
◇
森に入ると、都会のざわめきは遠く、鳥のさえずりと風の音だけが支配する世界になった。
馬を降り、アルバートは用意していたバスケットを広げる。
焼き立てのパン、チーズ、葡萄酒。
緑に囲まれた木陰での即席ピクニックだ。
「……まさか、お坊っちゃまがこんな用意をなさるなんて」
メアリーは目を丸くした。
「ふん。お前が体を壊してからだ。食事の大切さを嫌でも学んだ」
ぶっきらぼうに言いながらも、彼女の皿にパンをちぎって置く手は驚くほど丁寧だった。
二人で食事をとりながら、森の中をゆっくり散歩する。
陽光が葉を透かして揺れ、風が頬を撫でる。
どこか時間がゆっくりと流れているようだった。
◇
やがて夕暮れ。
森を抜け、丘の上に差し掛かると、広がる空が茜色に染まっていた。
アルバートは馬を止め、静かに言った。
「……夜になれば、星がよく見える」
その言葉どおり、やがて群青の空に一つ、また一つと光が瞬き始める。
メアリーは思わず息を呑んだ。
「なんて……綺麗」
隣で腕を組むアルバートの横顔もまた、星明かりに照らされてどこか柔らかく見えた。
彼が小さく呟く。
「……お前がいると、不思議と穏やかな気持ちになる」
メアリーの心臓が大きく跳ねた。
言葉を返せずに俯いたその時、遠くで街の鐘が鳴った。
休日の終わりを告げる音だった。
(私……二人に、どう向き合えばいいの……?)
その問いを抱えたまま、メアリーの休日は静かに暮れていった。