2話 子爵アルバート
アルバート・ハリントン。
我が子爵家のひとり息子にして、社交界で名の知れた「完璧な青年」である。
金髪は陽光にきらめき、瞳は湖を思わせる青。乗馬もフェンシングもピアノも、誰もが舌を巻くほどにうまい。朝食の紅茶を飲む姿すら絵画のようで、家柄も財産も桁違い。
……だが。
「また縁談をお断りに?」
私は銀縁眼鏡の奥から鋭い視線を向けた。
アルバート様は、いつものように上品に口元をゆがめて答える。
「ええ。彼女の笑みは計算ずくでへきえきする。あれでは、まるで商品を眺める商人の目だな」
(……でた、腹黒フィルター)
そう、このお坊っちゃま。腹の中がすっかり黒いため、相手の女性をことごとく疑ってしまうのだ。家柄も容姿も完璧なのに、25歳を過ぎてもいまだ独身。
私は姿勢を正し、声を張り上げる。
「お坊っちゃま! 婚期を逃してはなりません。私が必ず、理想の女性を見つけてさしあげます!」
アルバート様は少し驚いたように目を瞬き、やがて柔らかく笑った。
「君にそこまで言われると、悪い気はしないな、メアリー」
その笑顔に、私は胸をつかまれたように一瞬どきりとした。
けれどすぐに眼鏡を押し上げ、心の中で自分に喝を入れる。
(ちがうちがう! これは尊敬とか使命感とか、そういうやつ! 絶対にそう!)
――こうしてまた、ぼっちゃまの婚活の日々が始まるのであった。