19話 揺れる心
馬車は再び動き出した。
けれど、さきほどの衝撃の余韻は、まだメアリーの胸の奥で響いている。
彼の腕の中で守られた瞬間、熱い何かが心臓を締めつけたのだ。
(どうして……あんなに、胸が苦しくなったの……?)
戸惑いと共に、頬がじんわりと熱くなる。
一方のアルバートも、腕の中で感じた彼女の細さと震えを思い出していた。
強く抱き寄せてしまったのは、ただ守ろうとしたから。そう言い聞かせても、心の奥で別の感情が頭をもたげる。
「……もう二度と、危ない目にあわせたくない」
ぽつりと洩れた言葉に、自分でも驚いた。
アルバートは顔をそらし、窓の外に視線を投げる。
メアリーは小さく瞬きをして、その横顔を見つめた。
厳格で、命令ばかりする主人。
けれど、今の彼はまるで不器用な少年のように見える。
——屋敷に戻ると、他の使用人たちが慌ただしく出迎えた。
メアリーはすぐに仕事に戻ろうとするが、アルバートは低く言い放つ。
「今夜は休め。……お前が倒れては困る」
「ですが——」
「命令だ」
その声には、これまでと違う響きがあった。
冷たさよりも、温もりが強く混じっている。
従うしかなく、部屋へ下がるメアリー。
廊下を歩きながら、彼の言葉が何度も頭の中で反芻される。
(アルバート様が……わたしを気遣ってくださった?)
胸の奥が不思議な熱で満たされ、眠りにつこうとしてもなかなか心が静まらなかった。
一方、執務室にひとり残ったアルバートもまた、机に向かいながら考えていた。
——どうして、彼女が他の男と並んでいるのを見ただけで、あれほど苛立ったのか。
——どうして、彼女を守ったとき、あんなにも強く抱きしめてしまったのか。
答えは、まだ自分でもわからない。
ただひとつわかるのは、彼にとってメアリーの存在が日に日に大きくなっているということだった。