17話 口論
馬車の中は、外の喧噪とは裏腹に重苦しい沈黙が満ちていた。
石畳を走る車輪の音だけが響く。
やがて、その沈黙を破ったのはアルバートだった。
「……エドワードとは会うなと、何度言ったらわかる」
低い声には苛立ちと焦りが混ざっていた。
メアリーは眼鏡を押し上げ、真正面から睨み返す。
「旦那さま、それは理不尽です。彼はずっと秘密を打ち明けられず、やっと打ち明けられたのが、わたくしだった。今はただの知人ですし、さっきは果物の値段を相談していただけです」
「言い訳はするな!」
アルバートの声が車内に鋭く響いた。
メアリーは一瞬たじろいだが、すぐに唇をきゅっと結び、毅然とした調子で言い返す。
「私はメイド頭として、この屋敷に尽くしてまいりました。けれども、私生活の一挙一動まで監視される筋合いはありません!」
その言葉に、アルバートの胸がずきりと痛む。
しかし素直に引き下がることはできなかった。
「おまえがあの男と並んでいるのを見るのは……不快だ」
思わず漏れた本音。
メアリーは驚いたように目を見開き、それから呆れたように息を吐いた。
「不快、ですって? 旦那さま、それはご自分の感情に振り回されているだけではありませんか」
アルバートは言葉を失い、拳を膝の上で握りしめる。
馬車の中は再び沈黙に包まれた。
けれどもその沈黙は、先ほどのものとは違う。
――互いの胸の奥に、言葉にできない感情の棘を残したまま。
車輪の音が夜の石畳を叩きつけるように響いていた。