16話 嫉妬
メアリーの病は長引くことなく、数日の休養で見事に快復した。
布団から起き上がるや否や、彼女はすぐに仕事に戻り、台所から廊下、書斎までピカピカにしあげ、かつての精力的な動きを取り戻した。
「まだ本調子ではないのだから、少しは休んだらどうだ?」
アルバートが釘を刺すと、彼女は眼鏡の奥の鋭い視線で睨み返した。
「病気ごときで、屋敷を乱してはなりません。私が働かずして誰が回すのです?」
その頑固さに呆れながらも、アルバートは胸を撫で下ろす。
――あれほど弱々しく眠っていた姿は幻だったのか。
彼女が元気に動き回る様子を見ると、不思議と屋敷全体が活気を取り戻したように思えた。
***
ある午後、アルバートは王宮での用事を終え、馬車に揺られて屋敷へ戻る途中だった。
ふと視線を向けた先――賑やかな市場の一角で、見慣れた背中を見つける。
「……メアリー?」
彼女は大きな籠を抱え、果物商人と値段をやり取りしている。その隣には、優雅な立ち姿の青年――そう、あの「エリザベス」として現れ、今は本当の名を明かしたエドワードだった。
にこやかに何事かを囁くエドワード。
メアリーが一瞬、楽しげに笑みをこぼす。
その光景を目にした瞬間、アルバートの胸に熱いものが込み上げた。
驚きと同時に、言いようのない苛立ち――激しい嫉妬。
馬車の扉を乱暴に開き、石畳へと靴を鳴らす。
周囲のざわめきも気にせず、真っ直ぐ二人のもとへ歩み寄った。
「……メアリー!」
呼びかけに振り向いた彼女の眼鏡が陽を受けて光る。
その隣でエドワードがわずかに目を細めた。
「旦那さま……どうしてここに」
「どうして? それはこちらの台詞だ」
アルバートは低い声で言い放つと、彼女の腕をぐっと掴んだ。
周囲の視線などお構いなしに、そのまま引き寄せる。
「買い物は他の者に任せろ。おまえが街をうろつく必要はない」
「ですが――」
「聞き分けろ」
有無を言わせぬ口調。
その強引さに、メアリーは押し黙るしかなかった。
背後でエドワードが口を開きかけたが、アルバートは一瞥だけを投げて馬車へとメアリーを促した。
馬車の扉が閉まり、車輪が軋む音が遠ざかる。
揺れる座席の中で、メアリーは困惑と苛立ちを滲ませた表情を浮かべていた。
一方アルバートは、膝に置いた拳を固く握りしめる。
――なぜ、あの男と並んで笑っていたのか。
――なぜ、自分はこんなにも苛立つのか。
答えは、彼自身が一番よくわかっていた。