表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

15話 熱にうなされて

メアリーの部屋は薄暗く、油ランプが小さな明かりを揺らしていた。

 寝台の上では、細い身体を汗に濡らしたメアリーが、浅い呼吸を繰り返している。額には濡れ布巾が置かれていたが、すぐに熱で乾いてしまう。


 アルバートは椅子に腰をかけ、黙って彼女の枕元に座っていた。

 彼の視線は書類や数字ではなく、ただ彼女の顔に注がれている。

 普段は神経質な眼鏡越しの鋭い視線を光らせるメアリーが、こんなにも弱々しく見えるのは初めてだった。


「……旦那さま……お許しを……」

 か細い声がもれた。


 アルバートは眉を寄せる。

 メアリーの唇は震え、夢の中で誰かにすがるように言葉を紡いでいた。


「どうか……解雇だけは……」


 その言葉に、アルバートの心臓が強く打つ。


「私がいなければ……もう居場所は……ああ……路頭に……」


 彼女の夢はさらに暗い情景へと沈んでいく。

 街角に膝を抱える自分の姿。皺だらけになった顔。ボサボサの白髪。誰にも顧みられず、ひとり冷たい石畳に倒れる。

 ――ここで死ぬのなら、まだ現代の独身四十代でいた方がマシだ!

 ――仕事さえ選ばなければ、生きてはいけるのにぃ!!


 寝言とは思えぬほど切実な声に、アルバートの胸は締めつけられた。

 何を見ているのか彼にはわからない。けれど、彼女が心の奥底で「捨てられる恐怖」に苛まれているのは伝わってきた。


「……馬鹿な女だ」


 小さく吐き捨てながらも、アルバートは布巾を取り替え、優しく額を拭う。

 その手は、普段の冷徹な仕草とは違い、驚くほど丁寧だった。


「おまえが路頭に迷う? そんなこと、させるものか」


 言葉は声にならず、ただ胸の奥で囁かれる。

 彼自身も、その感情が「主人としての責務」なのか、「一人の男の想い」なのか、もはや区別できなかった。


 ランプの炎が小さく揺れ、静かな夜は更けていく。

 熱に浮かされながらも、メアリーはわずかに安堵の吐息を漏らし、眠りに沈んだ。


 アルバートは、その横顔を見つめながら、もう後戻りのできない思いに気づき始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ