14話 違和感
屋敷にいつもと違う静けさが広がっていた。
若いメイドのひとりが病に伏せ、その看病のためにメアリーが離れてしまったのだ。
普段なら、朝食の席に向かうと、背筋を伸ばして控えるメアリーの姿がある。だが今朝は、他のメイドが慌ただしく皿を並べ、カップを差し出した。
「……砂糖が、ひと匙多い」
アルバートは思わず口に出す。
メアリーなら、一言も要らずとも彼の好みを察していた。茶の温度、新聞を置く位置、ペン先の削り方まで、すべてが完璧だった。
だが今は、些細な違和感が積み重なり、居心地の悪さを増していく。
昼も夜も同じだった。
廊下を歩けば床の軋みが気になり、執務室の書類は乱雑に積まれ、どこか落ち着かない。
――たかがメイド一人の不在で、なぜこれほどまでに不快なのか。
胸の奥に芽生える苛立ちを持て余しながらも、アルバートは否応なく悟った。
自分は彼女に慣らされすぎていたのだ。
そんなある夜、報せが届いた。
「旦那さま……メアリーさんまで、倒れてしまわれました」
アルバートの胸に冷たい衝撃が走る。
看病にかかりきりだった彼女自身も、病に冒されて床に伏したという。
「なに……?」
その瞬間、彼の椅子は音を立てて引かれ、立ち上がっていた。
いつもは冷静沈着を装う彼が、動揺を隠しきれぬまま部屋を飛び出す。
――メアリーがいなければ、この屋敷は立ち行かぬ。
――いや、それ以上に。
彼女のいない日々を想像しただけで、アルバートの胸は締めつけられた。
彼は初めて、自らの感情に正面から向き合うことになる。
それが「必要な使用人への依存」なのか――それとも「愛情」なのか。
答えは、病に臥すメアリーの枕元に立った時にしか、わからないのだろう。