12話 葛藤
夜会のざわめきが過ぎ去ったあと、屋敷は異様なほど静まり返っていた。
アルバートは自室の窓辺に立ち、沈みゆく月を眺めながら考えを巡らせていた。
――エリザベス……いや、エドワード。
なぜあれほど心を乱すのか。危うい気配をまといながら、目を離せない存在。理性は「遠ざけろ」と叫んでいるのに、胸の奥では得体の知れぬ熱が燻り続けていた。
自らを律するように、アルバートは馬車を走らせ、エドワードの屋敷を訪ねた。
調度品の少ない質素な客間で待っていると、
金の髪を後ろで結び、モスグリーンのジャケットとパンツスタイルの若者が現れた。
――エドワード。
見違えるほど凛々しい姿に、アルバートはしばし呆気にとられた。だが……、
「……二度と、わたしの屋敷に足を踏み入れるな。そして、メアリーにも近づくな」
感情のない低い声ではっきりと告げる。
エドワード――エリザベスは、凛とした表情を崩さず、ただ瞳に淡い陰を宿して彼を見返した。
「なぜ……? 私があなたに何をしたというのですか」
アルバートは答えない。答えれば、自分の胸に巣くう危うい想いを認めてしまう気がして。
背を向け、その場を去った。
屋敷へ戻るとすぐ、彼はメイド頭のメアリーを呼び出した。
夜の廊下を小走りに現れたメアリーは、深々と一礼する。
「お呼びでしょうか、旦那さま」
その慎ましい声に、アルバートの胸が不意にざわめいた。彼女の存在はいつも静かで、けれど凛とした芯がある。気づけば、その姿を探してしまう自分がいる。
「……メアリー、今後エドワードには近づくな。決してだ」
「ですが旦那さま……あの方は、幼い頃から完璧な令嬢になるよう厳しく育てられた、お可哀想な方なのです。危険な方では――」
「メアリー!」
アルバートの声が鋭く響き、彼女の肩が小さく震えた。
「おまえは、とにかく、私の目の届くところにいろ。勝手な行動は許さない!」
強い調子で命じながらも、その言葉の裏にあるのは不安だった。
エドワードに奪われるのではないかという、理屈のない恐れ。
そして、メアリーを守りたいという気持ち以上に――彼女を誰にも触れさせたくない、独占欲にも似た感情。
自分がなぜこんなにも揺れているのか、アルバート自身にもわからなかった。
夜の帳が屋敷を包み込み、彼はなおも窓辺に立ち尽くした。
胸の奥に潜む二つの熱――エドワードへの危うい執着と、メアリーへの抑えがたい想いが、絡まり合いながら燃え続けていた。