11話 亀裂
告白の場の余韻は、重く、そして鋭くその場に残っていた。
エドワード――かつての“エリザベス嬢”が、真実を明かした今。
アルバートは椅子に腰を下ろしたまま、手にしたグラスを強く握りしめていた。
中のワインは一口も減らぬまま、深紅の液面が彼の揺れる心を映しているかのようだった。
「……男でありながら、なぜ令嬢を装っていた?」
低く抑えた声。その響きには怒りよりも、裏切られた痛みが混ざっていた。
エドワードは、逃げも隠れもせず、まっすぐにその視線を受け止める。
「家の事情です。父は後継を娘に嫁がせるしか策を持たず……。わたしはその条件を満たす“令嬢”として育てられました。誰も望んだ未来ではありませんでしたが、抗う術もなかった」
アルバートの眉がひそめられる。
「……そんな戯言のために、私を欺いたと?」
「戯言ではありません! ――ただ一人、メアリーには打ち明けました。彼女だけが、わたしの真実を知り、受け入れてくれたのです」
その言葉に、部屋の空気がぴしりと張りつめた。
アルバートの視線が、メアリーに突き刺さる。
「……知っていたな。おまえは最初から」
メアリーは唇を噛みしめ、眼鏡の奥で視線を落とした。
「はい……。ですが、それは彼の命を守るためでもありました。嘘をつき続けるのは苦しいことでしたが……見捨てることはできませんでした」
鋭い眼差しを向けられ、胸が痛む。
忠実であらねばならないはずの自分が、主人を欺いていた――。その罪悪感が喉を締めつける。
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「……なるほど」
アルバートは短く吐き捨て、立ち上がった。
グラスの中身が机に零れ、赤い染みを作る。
「メアリー、おまえは私の忠実な使用人であるはずだ。それなのに――なぜ、あの男の味方をする?」
「私は……!」
声を荒げかけたメアリーを、エドワードが制した。
「責めるなら、わたしを責めてください。彼女はただ、わたしの苦しみを理解してくれただけです」
アルバートは拳を強く握りしめた。
怒りか、嫉妬か、それとも混乱か。自分でも整理できない感情が胸を渦巻き、言葉を奪っていく。
(なぜだ……。なぜメアリーの名が出るたびに、心が騒ぐ? 彼女はただのメイド頭のはずなのに……!)
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「……二人とも、今すぐこの部屋を出ろ」
しばらくの沈黙ののち、アルバートは低く告げた。
「いずれ、この“茶番”の結末をつける」
その言葉に、エドワードの表情は険しくなり、メアリーは青ざめた。
三人の絆は、いまや危うい綱の上にある。
夜の帳が落ちていく中、ランプの炎が三人の影を壁に大きく揺らめかせていた。
それは、三角関係の混沌を象徴するかのようだった。