10話 告白
子爵家別邸の来客室。
メアリーは、湖から救い上げられた「エリザベス」を毛布でくるみ、濡れた髪を丹念に拭いていた。
「まったく、あなたという人は……。心臓に悪いのですから」
眼鏡の奥の視線は鋭いが、その手つきはどこまでも丁寧だった。
エリザベス――いや、エドワードは居心地悪そうに笑みを浮かべる。
「助かってしまいました。……そして、隠し通せぬところまで」
メアリーは眉をひそめ、言葉を返そうとしたとき――。
ドアがノックされ、重く開いた。
そこに立っていたのはアルバートだった。
「……メアリー。少し来てくれ」
低く抑えた声。
彼の濡れた上着と真剣な眼差しは、先ほど湖に飛び込んだ緊迫の余韻をそのまま残していた。
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別室。
重厚な書棚に囲まれた空間で、アルバートは背を向けたまま口を開いた。
「メアリー。……おまえは知っていたのか」
「……何を、でございましょう」
「とぼけるな!」
振り返ったアルバートの声が鋭く響き、メアリーは思わず背筋を伸ばした。
眼鏡の奥の視線が揺れる。
「“エリザベス嬢”が……男だということを!」
部屋の空気が張りつめた。
メアリーは口を開きかけ、言葉を探す。
しかし、正直に答えればアルバートを裏切っていたことになる。沈黙はさらに疑念を濃くする。
「なぜ黙っていた。なぜ、私に隠していた!」
アルバートの声は、怒りよりも傷つきに近かった。
そのときだった。
扉が勢いよく開かれ、毛布を肩にかけた青年が飛び込んできた。
「もう、よいのです!」
メアリーとアルバートの視線が一斉に彼へ向く。
金の髪はまだ濡れ、だが隠し立てのない表情は、令嬢の仮面を捨てた真実そのものだった。
「エリザベスという仮面は、今この瞬間に捨て去ります。――わたしは男です」
凛とした宣言が部屋に響き渡る。
「これ以上、誰かを欺いて生きることはできません。伯爵家の事情も、社交界の思惑も……すべて承知の上です。けれど、アルバート様、あなたの瞳をまっすぐ見つめるには、偽りを脱ぐしかないのです」
アルバートは言葉を失ったまま立ち尽くし、メアリーは思わず胸元を押さえた。
青年の決意は、あまりに清冽で、あまりに痛烈だった。
――その瞬間から、三人の関係はもはや後戻りできぬものとなった。