1話 転生メアリー
ゴツン、と鈍い衝撃が走った。
視界の端で、大きな馬の後ろ脚がきらりと光ったかと思うと、私はあっけなく地面に沈み込んだ。
――ここで私の人生は終わった。
少なくとも、そう思った。
次に目を覚ましたとき、私は柔らかいベッドの上で、鼻先に古い石造りの匂いを感じていた。
高い天井、重たいカーテン、窓から差し込む霧がかった光。どう見てもヨーロッパの、しかも十九世紀の邸宅だ。
「メアリー様! お気分はいかがですか!」
駆け寄ってきたメイド服の少女に呼ばれ、私はぎょっとして鏡をのぞきこんだ。
そこにいたのは、神経質そうな細い顔立ちに、きりっとした銀縁眼鏡。細められた視線はやけに鋭く、人を値踏みするように見下ろしている。
髪は後ろでまとめられ、年齢は……うん、中年。
肌のはりぐあいから見るに、36、7才くらいだろうか?
しかもいかにも「世話焼きそうなおばさん」然とした風情だ。
(え、だれこれ。いや、私? 私が、こうなったの?)
日本で家政婦をしていた40才の私(紺野やよい)は、どうやら「ハリントン子爵家」のメイド頭
――メアリーという人物に転生してしまったらしい。
しかも周囲からすでに“当然のように”頼られている立場。
(よりによって中年おばさんメイド頭って……! 普通、転生したならせめて若くて美人の悪役令嬢でしょうに!!!)
そんな私のことなど構わず、少女が涙ぐみながら手を握ってきた。
「メアリー様がいらっしゃらなければ、私たちはどうしたらよいか……!」
「は、はぁ……。」
転生してから、かれこれ3時間。
心配する少女から、私の転生先がどんな人物なのか、根掘り葉掘りきいた。
どうやら私は、若手メイドたちから「師匠!」と呼ばれ慕われている存在らしい。
料理、掃除、洗濯はもちろん、バイオリンを弾けば「人を感動させるとはこういうことです!」と説教とセットで悪い子を改心させる始末。……
なんだこのカリスマおばさん。
(いやいや、いきなりハードル高すぎない?)
だが転生してしまった以上、腹を括るしかない。
とりあえず思い出した設定によれば、
私は「お坊っちゃまにふさわしい花嫁を見つけること」を人生の目標にしているらしい。
「……よし。やるからには徹底的に。必ずお坊っちゃまを幸せな結婚に導いてみせます!」
私は眼鏡をくい、と押し上げながら、固く心に誓った。