ep.2 空想が現実になる日
次の日。
僕は寝不足で死にかけていた。
だって、どう考えてもおかしいだろ!?
「空想の女の子」が現実に現れて、「好きです」って言って、手を握って、挙げ句の果てに「青春しよ?」とか言い残して帰っていったんだぞ!?
……いや、正確には僕が帰した。
終電近かったし、変な意味じゃなくて紳士的に。お互い濡れてたし。いや、変な意味じゃなくて。
で、今朝。目覚まし3回スヌーズして、ヨレヨレの制服で登校したわけだけど——
「おはようございます、陽人くん」
クラスのドアを開けた瞬間、その声が聞こえた。
嘘だろ? ほんとに来てる。ほんとにいる。僕の空想彼女、クラスにいる。
しかも、僕の席の隣に座ってる。
「えっ!? え、え、え、なんで……!?」
「転校してきたんだよ? 今日からここで、陽人くんと一緒に青春するの」
軽く言ってのけたエリに、僕の脳みそは完全にフリーズ。
クラス中の目が、僕に集まる。
「え、誰?」「あれ、安曇の……彼女?」「可愛くない?」「ってか、なんで隣……」
ざわめきが、どよどよと広がっていく。
そして、うちの担任・佐久間先生(見た目は鬼、声は優しい)が教室に入ってきた。
「おはよう。今日から新しい転校生が来てるぞ。紹介してくれ」
「はいっ!」
元気よく立ち上がるエリ。
その姿勢の良さと声のハキハキ感に、女子たちがざわついた。男子たちは目がハートになってた。気持ちはわかる。
「菰野エリです。えっと、夢から飛び出してきました。よろしくお願いします!」
それは言わなくていいやつーーーッッッ!!
「えっ、今なんて……」「夢って言った?」「ポエマー?」
クラスの空気が微妙な笑いに包まれる。
やめてくれ、僕の胃が死ぬ。登校一発目でこのテンション、きつい。
だけど、エリはまったく動じない。
にこにこしながら僕の方を見て、にっこり言った。
「……私、陽人くんの隣の席がいいなってお願いしたんだ」
「お、おう……」
なんかもう、いろいろすごい。
正体不明の美少女が、昨日まで空想だったはずの子が、クラスメイトになって、しかも僕に好意全開で接してくる。
……これ、人生のバグじゃないか?
そんなこんなで、怒涛の午前授業が過ぎた。
案の定、僕のところにはクラスメイトがわんさか来て、あれこれ聞かれた。
「安曇〜、お前マジで付き合ってんの?」「どこで出会ったの?」「てか告白されたってほんと?」
全部、答えようがなかった。
だって空想彼女が現実になったなんて、説明できるわけがない。
昼休み。屋上に逃げようとしたら、エリに見つかった。
「陽人くん、どこ行くの? 一緒にお弁当食べよ?」
天使か。
しかも、お弁当まで作ってきてる。赤と白のチェック柄の包み。漫画でしか見たことないやつだ。
「え、いや、僕はコンビニで……」
「じゃあ、半分こしよ。私、たくさん作っちゃったし」
そう言って見せてくれた弁当箱には、可愛いミニハンバーグ、卵焼き、ブロッコリーにプチトマト……ってか、彩り完璧すぎる。
……マジでなんなんだこの子。完璧すぎない?
でも、僕は知ってる。
彼女は“理想”だからこそ、完璧に作られてるってこと。
だって、僕がそう書いたから。優しくて、料理ができて、ちょっと天然で、でも芯が強くて。
その通りの女の子が、今、目の前にいる。
「……ありがとう。いただきます」
エリは嬉しそうに笑って、僕のとなりで箸を持った。
隣から漂う柔軟剤の匂い。
笑うたびに揺れる髪。光の中で、ちょっと透けて見えるまつ毛。
夢みたいだ。
でも、現実なんだ。少なくとも、僕の目の前では。
それでも——僕は、どこかで怯えていた。
こんな完璧な現実が、いつか壊れる日が来るんじゃないかって。
そう、まるで——空想が、また空に還ってしまうように。