果たすべき忠義の岐路
「貴様ら、よもや日ノ本に対して反逆を企てているのか!」
会話の内容から察するに、奴等は結託して御船を担ぎ上げようとしているのだろう。
だが、国家への反逆行為が露見してなお、逆賊は水を打ったように静まり返ったままであった。
「我が君。既に贖罪の魂は捧げられ、場に満ちております。あとは、あなた様の持つ千里眼をもってすれば、“刻を見通す力”が得られるでしょう」
「こんな事の為に、味方を殺してしまうだなんて……」
「あなた様の為。その為ならば、我等は喜んで死にましょう。必要とあらば、同胞の死体を天まで積み上げる事も厭いません」
「ここで躊躇えば、捧げられた魂が無駄となりましょう。犠牲となった者達の為にも、魔族を退ける力を手にし、我等を御導きください」
数々の懇願に押され、御船の細い指が虚空の先へ伸びる。
九軍が口にする人類の救済と称する行動は、手前勝手な幻想が生んだテロリズムとしか思えなかった。
故に、俺の成すべき事柄はどのような事態に陥ったとしても、決して揺るがない。
「これ以上の戯れ事は沢山だ。軍規に基づき、全員を捕縛する」
俺の抜刀と同時に部下達も拳銃を抜き、無数の銃口が狙いを定める。
20に及ぶ撃鉄が一斉に起き上がり、最後の命令を待つ。
未だ霧消しない血の臭い。
朱に染め上げた地面は渇きを知らないのか、更なる血を求めて手招く。
「三劔さん、私は……」
御船の手が伸びきった瞬間、胸の奥に秘めていた迷いは露と消え果てていた。
「――撃て」
広間に響き渡る数多の銃声。
血の臭いを覆い隠そうとするかのように、濃霧を思わせる硝煙が舞う。
やがて撃ち尽くした弾丸が排莢され、地を跳ねる乾いた音が残らず消え去った頃、驚愕の事実が露となる。
「無……傷……だと!?」
跪いたままの姿勢を崩さない九軍。
その中で唯一人、女兵士 縣が凍てつく氷霧を纏い、全ての弾丸を中空で制止させていたのだ。
唖然とする我等の前で、思い出したように弾丸が落下すると同時に、鋭い一閃が視界を過る。
「避けろ!」
咄嗟に回避行動を取ったが間に合わない。
俺の左腕は肘から切り落とされ、背後にいた部下三名の胴体を両断する。
「た、隊長殿!」
「ぐぅ……総員、近接戦闘!」
だが、奴等は抜刀する僅かな隙を与えず、驚異的な踏み込みで次々と部下を斬り捨てていく。
「損害に構うな! 囲め!」
突出していた敵二名の斬撃を捌き、数で劣る相手を即座に包囲する。
少々出鼻を挫かれたが、動揺していた小隊を即座に立て直す。
「へぇ、今のをギリで避けたのかい。あんた結構やるじゃん」
「黙れ。その目障りな長髪ごと、首を切り揃えてくれるわ!」
打ち合うこと数合。
剣圧に怯んだ縣の隙を見逃さず、鳩尾に強烈な蹴りを放ち、岩壁に叩きつけて戦闘不能に追い込む。
「狐狗狸! ヘ、ヘイヘ~イ……やるじゃな――」
気を失った女を気遣い、俺から目を離した一瞬で距離を詰め、鍔迫り合いに持ち込む。
この兵士は多少骨がある。
念入りに訓練を施してやらねばなるまい。
「貴様、俺から一本取ったくらいで図に乗るなよ。階級と名を名乗れ!」
「じ、自分は……日ノ本帝国陸軍 特務部隊所属の音走 六駆軍曹でありま――」
丹田の意識が僅かに緩んだ隙を突き、合気を外して左眼に頭突きを見舞う。
不快な音と共に眼球が潰れ、鮮血が視界を奪う。
「き、汚ねぇ! てめえ、スターの顔に傷を――」
刹那の間を置かず、右手首へ向けて一閃。
軍刀を握ったままの手首が宙を舞い、吹き上がる血煙が皆殺しを告げる狼煙を担う。
「こいつ! 下手な魔族より、よっぽどヤベぇ!」
「上官に対する無礼な態度、及び舐め腐った頭髪は軍規に反する。よって、俺自らが斬首刑に処す。喜べ、新兵」
首まで一寸に迫る刃。
だが、直前に差し込まれた軍刀が、必殺の一撃を阻む。
「もう十分でしょう、三劔さん」
「俺を待たせるとは、少し見ない間に偉くなったものだな、御船。夜もとうに更けた。ようやく昼行灯の出番という訳か」
月も顔を見せぬ地下深く、全身から眩い光を放つ男。
言うまでもなく、俺はオカルトの類いを信じない。
それでもなお、驚異的な転身を遂げた奴の姿は、神や仏を彷彿とさせるには十分過ぎた。