欧州連合軍、魔族との決戦に敗北せり!
あの堅物な厄介者が現れて以来、毎日のように面倒事をこさえてきやがって、堪ったもんじゃねぇ。
旦那が楽しそうなのは結構なんだがよ、相棒を組まされるコッチの身にもなれっつーの。
おっと、遅ればせながら自己紹介させてくれや。
俺様の名前はヘンリー・メイヒュー。
イギリスで最も名高い劇作家であり、舞台演出家であり、真実と情熱を重んじる出版社フィガロ・イン・ロンドンの社長兼ジャーナリストだ。
……まぁ、今はちょっとした副業に手を出しちゃいるがね。
そんなワケで、物語は1840年初頭に日ノ本とかいう島国から、霧の魔都ロンドンにやって来た『ミツルギ クロガネ』って男が騒動の発端なのさ。
§§§
絢爛豪華に彩られた在外公館を足早に進む。
ほとんど隙間なく絵画で飾られた壁も、俺にしてみれば雑多な情報の集まりでしかない。
こうして現地まで足を運び、自分の目で確かめるまで、諜報部がもたらした情報を信じる気にはなれなかった。
俺だけではない。
故郷に残してきた部隊の兵員どころか、たとえ日ノ本の誰に話したとて、信じる者など皆無に等しいだろう。
「あの世界に冠たる軍事力を有したイギリスが…否、欧州全土が魔族を名乗る異民族に征服されたなどと!」
事の始まりは約三ヶ月前。
語学と指揮能力を高く評価された俺は、大本営から極秘の任務を受けた。
目的はヨーロッパに赴き、状況を確認・報告すること。
そうして状況不明ながらも、手塩に掛けて育て上げた50名の部隊から、特に精強な20名を引き連れて出発した。
「ヨーロッパ連合軍はフランスからベルギー、オランダ、ドイツを結ぶ空前絶後の防衛線に戦力を結集させ、更には無数の要塞を内包する鉄壁の陣地を敷いていたと聞いております」
「それが開戦から、僅か一日で壊滅しただと? 信じろと言う方が無理な話だ」
「仰る通り。けれど、現実は無理難題を好むようです」
割って入ったのは、個室から出てきたばかりの男。
まるで在外公館に足を踏み入れた時から会話していたかのように、自然な形で隣に立つ。
160cmという低身長に加え、軍人とは思えない程に華奢な体つきは、本当に同性なのか疑わしく思えてしまう。
「相も変わらず昼行灯のような男だな、御船」
「はは、ここでもよく言われます。お元気そうで何よりです、三劔さん」
嫌味を軽く受け流したのは御船 零士。
表向きこそイギリス駐在武官なれど、その実態は日ノ本帝国陸軍 特務部隊、通称『第九軍』の隊長を務める大尉である。
思い返せば、昔からこの男は何も変わらない。
今では俺より階級が上になったにも関わらず、こうして平然と低姿勢で接しようとする態度が気に入らなかった。
「ここまでの長旅で貴方も、第4小隊の方々もお疲れでしょう。今夜はゆっくりと休まれた方が――」
「労いの言葉など無用だ。貴様も帝国軍人の端くれならば、そんな些事よりも己の本分を果たせ」
「これは失礼しました。すぐ大使にお取り次ぎいたします」
「作戦前に一つだけ言っておく。貴様も、貴様の部隊も、俺は全く信用していない。任務は俺の部隊だけで事足りると思え」
苛立ち混じりの忠告に、優男は愛想笑いを含んだ困り顔を返す。
やはり、この男は何を考えているのか理解できん。
そうしている内に、個室の奥に控える集団のただならぬ殺気を感じ、首筋が粟立つ。
「三劔中尉殿並びに、第4小隊の方々に敬礼!」
壮年の士官が発した号令の先で、現地で行動を共にせよと命じられた第九軍隊員8名が整列する。
隊長である御船と合わせ、僅か9名で構成された陸軍きっての秘匿部隊――らしい。
らしいというのも、大本営は連中の詳細を一切明かさず、帰国後は部隊に関する一切について箝口令まで厳命された。
真偽の定かでない噂によれば、国中から集められた特異能力者のみで構成されていると聞くが、全くもって信用ならんとしか言いようがない。
しかも、隊員はどれもが曲者揃いだ。
号令を発した50歳近い中尉を筆頭に、科学者めいた白衣を羽織る少尉、軍人らしからぬ長髪の者や、全身に包帯を巻いた痛々しい姿の者。少年の面影を残す将校や、どう見ても戦いに不向きな年若い女までいる。
これでは国を守護する軍隊というより、奇妙な劇団員のようにしか思えないが――。
「出迎え御苦労。寄せ集めのオカルト部隊にしてはやるようではないか」
――御船と同じく、駐在武官として任務に当たる奴等の眼光は鋭く、一瞥しただけで相応の力量を備えている事は明白。
気を抜けば一刀両断にされかねない程の殺気が、それを如実に物語っている。
「申し訳ありません。その……不快な思いをさせてしまって」
「下らんな。むしろ誇るがいい。それだけお前に忠節を尽くしている証拠だ」
事実を述べただけに過ぎなかったのに、奴は心情を隠そうともせず、柔和な表情を一層緩める。
これだけ緊迫した状況を前に、平然とした感情を保てるのは才能なのか、あるいは阿呆なのか。
無駄に長い回廊が終わりを迎える頃、執務室の扉前で待っていた男が落ち着かない様子で駆け寄る。
「ようやく……ようやく来てくれたか! 第4小隊隊長 鐵 三劔君!」
「どうか落ち着いてもらいたい。その為に我々は参上したのだ」
今にも泣き崩れてしまいそうな磐座 知則駐在大使は、藁にもすがる思いで俺の双肩をがっしりと掴んだ。