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君の好きなところ


 待ち合わせ場所に着けば、マリンはもうすでに待っていたらしい。俺に気づいて、軽く手を上げる。くるりと丸められたお団子に、可愛いという感想ばかり脳内を占めていく。


「おはよ、ソウくん」

「おはよ」


 名前を呼ばれるだけで、嬉しい。そんなことを考えていれば、マリンの口元に目が行く。いつもみたいな、花が咲くような笑顔じゃない。唇がひきづってるみたいな……


 なんとも言えない不安が、胸の奥で湧き上がってくる。マリンを見つめすぎていたようで、マリンはまだ唇を歪めて笑う。


「もー、なにー! 早く行こ」


 くるんっと振り返ったマリンの首筋が見えて、息を呑んだ。そのまま、小走りでマリンは走って進んでしまう。慌てて追いかけていけば、いつも和室を借りてる会館に辿り着いた。


 自販機でジュースをお互い選んで、手に持つ。


「パインサイダー、本当にどこにでも売ってるよね」

 

 マリンは俺の方に顔を、見せないようにしてる気がする。普通の会話なのに、違和感が拭えない。いつもだったら、話す時は必ず目が合うのに。

 

  和室の部屋で、マリンはダンス動画を見ながら振り付けを覚えていた。髪の毛を今日は一つにまとめて、おだんごにしてる。


 正直、会った瞬間、可愛いと言いかけた。


 惚れてしまったものは、仕方ない。叶うことのない片想いだけど……それよりも、覇気のない声や、いつもの笑顔じゃないことが、気になってしょうがない。

 

 次のダンス動画を練習するマリンを見ながら、不安を打ち消すように首を回した。そして、マリンのパソコンで、投稿した動画を確認する。

 

 気にしなければいいのは、わかっていた。それでも、どんな反応があるのか。視聴数が増えれば、気になってコメントを覗いてしまう。


 この前投稿した動画は……と操作していれば、パタンとパソコンを勝手に閉じられる。


「なに?」

「そんなことより、次の練習しようよ」

「そんなことって、視聴者数増やした方が届く可能性が上がるんだから、大切なことだろ」


 マリンは首を横に振って、手を退けない。やっぱり、今日はおかしい。こんな行動を今まで取ったこともないのに。ぞわぞわと嫌な予感ばかり、体を走っていく。


 そんな俺を無視して、マリンは手を引いて立たせる。スマホを操作しながら、ダンス動画を流し始めた。


「はいはい、次の曲の練習」


 渋々と付き合えば、マリンは横でほっと小さいため息を漏らした。また、炎上してるのかもしれない。ダンス動画を投稿した後、マリンから急に来た連絡を思い出して脳内で繋がっていく。


『動画のコメントとかは一緒に見ようね! 二人で喜びたいから!』


 別に、それぞれで確認したってお互いが連絡し合えば良いだけの話だ。それなのに、俺はマリンへの恋心に、目を曇らせて『わかった』と返信した。そして、律儀にその約束を守って、自分のスマホでは動画はおろか、コメントも確認していない。


 気になることは多かったけど、マリンとの秘密みたいで舞い上がっていた。本当に、バカだったと思う。マリンの元気のなさが、コメントや炎上から来ているとしたら……


 悪い想像のせいで、ダンスが頭に入らない。


「ねー、集中してよ!」

「悪い……でも、前回のダンス動画の反応確認してないから、気になっちゃって! 一緒に見ようよ」


 提案すれば、マリンは渋い顔をする。嫌そうな表情に、悪い予感が的中してることを実感した。あのメッセージの約束は、俺を守るためだけのことで、マリンは見てたんだろうな。


 マリンの手を引いて、ソファに座らせる。そして、隣に座ってマリンを見つめた。


「俺たちはさ、運命共同体なわけだろ」

「私の言い方とか、移ってきてるよね、ソウくんに」

「運命共同体は、普通に言うよ」


 いつものマリンの笑顔に戻った気がして、心がふっと軽くなった。俺の反応が怖くて、マリンは一人で抱え込んでいたんだろうか。あまりのいじらしさに、胸が締め付けられた。そして、叶わないことを思い出して、喉が締め付けられる。


「だから、悪いことも一緒に共有しよう」

「そうだよね、隠してたってだよね」


 悪いことは否定しない。やっぱり俺の予感は、合ってるのか。


 心臓がバクバクと鳴りだし、喉が渇き始める。気合いを入れるために、ジンジャエールを一気飲みした。しゅわしゅわという炭酸の音が、体の奥で弾ける。


「よし、見るぞ」


 パソコンを開いて、この前の投稿した動画のコメント欄を開く。マリンはもう、止めようともしなかった。概ね、好反応に見える。


『男の子の方、ちょっと下手なの可愛い』

『踊れてないけど、可愛いw』


 好反応なのは、良いんだけど、さすがにちょっと傷つく。下手……下手かぁ……


 落ち込んで頭を抱えていれば、マリンが背中をトントンっと優しく叩いた。顔を上げてマリンを見つめれば、口がブルブル震えてる。


「笑いたきゃ笑え」

「独特だけど、いいと思うよ、ソウくんの踊り。ほら、可愛いってこの人も書いてくれてるし」


 指さしたコメントに、目を移す。

 

『ダンス、ほんと可愛いー! 他の子と踊ってるのは、いただけないけど。可愛いから許す! 早く戻ってきてね』

 

 胃の奥から酸が迫り上がってきて、口を無理矢理押さえつけた。


「えっ、どうしたの、ソウくん?」


 床のシミを数えて、心を落ち着かせる。俺だって確証はないはず。似てるってコメントが多かったから、それから流れてきただけ。そう思えば思うほど、背中にピッタリと悪い予感は張り付く。


「なんか、このコメントすごいよね、知り合い?」


 マリンも読んで、困った声で呟く。マリンは俺が湊音だとは、知らない。そして、このコメントの相手が、俺に粘着して、炎上を起こした張本人だとも知らない。


「知り合いじゃない、と思う」


 やっと振り絞った声は、震えて掠れていた。それ以上、マリンも聞いてこないで「そっかー」と小さく呟く。


「よし、練習再開しよ。大体見たでしょ」


 マリンが切り上げるように、パッと立ち上がる。コメントは、まだ半分も見ていない。それでも、これ以上読むのは無理だった。だから、マリンの提案に頷いて、下手くそなダンスをする。


 今は、忘れられるならどんなことでもいい。いつになったら俺は、離れられるんだろうか。


 どれくらいの時間練習していたか、わからない。それでもある程度ダンスは覚えた。上がった息も、張り付く汗も、忘れて、マリンと畳に寝転ぶ。マリンと一緒に何かをできることだけが救いだった。


「休んだら、どうする? もう一本の方、撮れそう?」


 ぐでーっと天井を見上げたまま、マリンが確認をしてくる。なんとか「大丈夫」と声を絞り出して、息を落ち着けた。

 

 ダンス動画だけでは飽きられるから、他の動画も撮ろうと二人で考えた。


 相手の考えが読めるのか、と、お互いに対する印象などを問題形式で答えていく。ありがちなやつをやろう、と約束していた。

 

 実際にはカップルでもないし、俺らは出会ってまだ数日。そもそもは、『定番だから盛り上がるよ』とマリンからの提案だった。内容はお互い十個ずつ考えてきたから、面白そうなところだけ切り抜く予定だ。


 汗でベタベタの髪を直すのに、トイレへ立つ。マリンも「ジュース買ってくる」と、一緒に部屋を出た。さっと終わらせてトイレから出れば、部屋を片っ端から覗き込む変な女の人。同い年くらいに見える。


 なんだあれ、こわっ。

 

 何箇所も何箇所も窓から覗きこんでは次の部屋へを繰り返している。今出て行って絡まれても嫌だったから、トイレに戻って時間を潰す。

 鏡を見つめていれば、職員さんと何か揉めてる声が聞こえてきた。


「だから!」

「他の利用者のご迷惑になりますので」


 相手に見られないように、少しだけトイレの出口に近づく。先ほどの覗き魔と職員のやりとり……だろうか。

 声が遠ざかっていくので、顔を出せば、渋々と職員と出口へ向かってる背中だけが目に入った。


 タイミングを見て部屋に戻れば、マリンがいない。ジュースを買いに行くだけにしては、遅くないか?


 この前も変な人に絡まれたみたいだし、マリンはそういうのに絡まれやすいのかもしれない。先ほどの覗き魔を思い出して、心配になってくる。扉に近づけばちょうど扉が開く。


「あれ、どうしたの?」

「いや、遅いから心配した」

「あはは、ちょっと私もお手洗いに……」


 マリンは、朝より元気そうな顔で、照れたように笑う。両手には、俺のジュースも持っていた。受け取ってから机に置く。そして、安心のため息をこぼす。

 今日は、ネガティブ期なのかもしれない。


「でも、心配してくれてありがと。さて、撮ろう!」

「おう」


 各々が持ち寄った問題文の紙を机の上に並べて、百均で買ったホワイトボードを両手に持つ。マリンも俺も同じような内容を考えてきていたらしく、二十個有ったはずの質問は十五個ぐらいまで減ってしまっていた。


 撮影を開始して二人でカメラの前に横並びで座る。


「じゃあ、まずは定番でしょ」


 そう言ってマリンが、一番最初の問題文を読み上げた。


「ずばり、お互いの好きなところ三つ! まず、一つ目!」


 照れてしまう内容に、頬が緩むのを隠すように手で覆った。


 笑顔が可愛いくて、癒される声。

 人魚になりたいとか変なことを、普通のことのように言っちゃうところ。

 いつも俺を気遣ってくれる優しさ。


 何個も何個も浮かんだけど、人に見せるのは、少しこそばゆい。だから、ありがちなことを書いた。


「じゃあ、ソウくん、一つ目!」

「笑顔が可愛いところ」

「へっ、笑顔、可愛い? うそ、ソウくんに可愛いって言われると思ってなかった!」


 俺の答えを聞いたマリンが頬を押さえて、俺の方をじっと見つめる。瞳がキラキラと続きを、期待してた。顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。多分今、俺、真っ赤だ。


「だって、笑顔じゃん、いつも」

「待って、これやろうって言い出したの私だけど、みゃくちゃ恥ずかしい!」

「はい、マリンの一つ目言って!」


 早く切り上げたくて、マリンを急かす。マリンは、言いづらそうに口をモゴモゴとさせた。


「言ってくんないの?」


 マリンは覚悟を決めたように、ホワイトボードを持ち上げてスマホの前に掲げる。横からでは見えないから「読み上げてよ」といえば、マリンも顔を赤く染め上げた。


「笑顔が優しいとこ」


 二人して同じようなことを書いてる事実に、ついフッと口から笑い声が漏れる。マリンはぷくっと膨らんで「笑わないでよー」と怒った。そんなとこも、可愛い。膨らんでるくせに、口元は笑ってるし。


「はい、ソウくんも二個目早く書いて!」


 ホワイトボードをくるんっとひっくり返して、マリンは胸元に引き寄せる。そして、急いで書いていた文字を消し始めた。あと二つもこれをやって、俺の心臓保ってられるんだろうか? 無理な気がする。


 この一つ目ですら、マリンが可愛くてしょうがないんだから。マリンの二つ目の好きなところを書きながら、それでも、マリンの思いを知れるのはいいと思った。

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