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書き込まれ始めた名前は



 上げた謝罪動画は、受け入れ始められてる。いまだに粘着して責め立ててるアンチも存在するけど。どちらかといえば、「応援してるよ!」という温かいコメントの方が増えてきていた。


 俺が歌い続けていたのも、そういうコメントのおかげだったことを思い出した。特に最初の頃からの、仲間の海夢。海夢は、初めて俺の動画にコメントをくれた人だった。


 歌ってみようと決意したのも、あまりにも単純な理由だ。音楽の授業で、教師に歌声を褒められた。それだけの理由で、初めたのが歌の動画だ。

 俺にもできることがある。そう気づいて、姉との確執から逃げるように歌の動画を毎日のように上げていた。


 最初から、優しいファンが付いていたわけじゃない。始めたばかりの頃は、十回見てもらえればいい方だった。それでも、SNSで宣伝をすれば海夢がいつもコメントをくれる。


『今回も優しい声で、元気もらえた! ありがとう!』


 それくらいの短い言葉だった。でも、涙が出るくらい嬉しくて、俺は次々に歌っては動画を上げる。そして、視聴者が増えていき、温かいコメントが増えていった。


 それくらいの頃に、海夢からDMが来たんだっけ。確か『急なDMでごめん。リクエストとかって受け付けてますか?』みたいな内容だった。リクエスト、考えたこともなかったから、海夢からのDMにワクワクして返信をした。


 どんなものでも、歌おう。そう決めて送った返事には、いつも俺を慰めてくれた曲のタイトルが返ってきた。そこから、同じアーティストが好きなことが判明。そして、海夢とよくやりとりをするようになった。


 いつか、歌ってみたを上げてみたいということ。海の無い街に住んでて、カラオケ屋さんでバイトしてること。たくさんの話をした。視聴者が増えない時の愚痴も、海夢は聞いて『湊音くんなら大丈夫』と応援してくれる。だから、俺にとっては海夢はかけがえのない仲間になっていった。


 海夢の学校やバイトの愚痴も、数えきれないくらい聞いた。クラスメイトに意地悪されてやり返した話とか。腹を抱えて笑って、「つえー! かっこいい!」とか、返した気がする。


 思い出を振り返りながら、顔を上げる。夕日が沈んできて、紫色とオレンジ色が混ざった空の色が目に入った。


 砂浜ではマリンが踊りの最終確認をしている。じいっとマリンを見つめれば、視線が返ってきた。


「ソウくんこそ、練習必要だと思うんだけどなぁ」


 俺の視線に気づいたマリンは、手をぱっぱっと振る踊りを続けながら、つぶやいた。パソコンを閉じて、カバンにしまい込む。そして、踏まれないように端の方に置いてから、砂浜を駆け出した。


 砂浜に足を取られながら、マリンの横までたどり着く。マリンはキラキラと汗を輝かせている。


 隣で、フリを思い出しながら体を動かす。自然と覚えていて、体が勝手にマリンに合わせられる。


「そうそう、結構いい感じになってきたよね! タコのダンスって感じ」


 褒めてるんだか、貶してるんだからわからない言葉を聞きながら、生ぬるい風を全身で受けた。夕方の海と言っても、どちらかといえば夜に近い。砂浜は昼の温かい陽射しん吸い込んで、まだ、熱い。空気は、少しずつ、冷えてきているのにだ。


「よし、撮るぞー!」


 設置したカメラの方を見れば、急に緊張してきた。ダンスを動画に撮って公開するのは、初めてだ。それに、撮影中にマリンの方ばかり見るわけにもいかない。


 音楽も、広い海と砂浜に吸い込まれて微かにしか聞こえない。ただ、隣のマリンがリズムを取りながら歌ってくれる。


「よし、ソウくん、準備はいい?」

「おう」


 全く良くない。心臓は、バクバクと速い脈を打ってるし、手は微かに震えていた。それでも、今更待ってとは言えない。


 頬をペチペチと軽く叩いてから、まっすぐスマホを見つめる。マリンがスマホの録画ボタンを押して、慌てて戻ってきた。そして、音楽が遠くで鳴り始める。


 リズムを取りながら、マリンと息を合わせて踊る。途中で見つめ合うシーンで、マリンと目があって息が止まった。キラキラと楽しそうな表情で、踊るマリンにつられて、俺まで、口元を緩めてしまう。

 

 砂浜では足が取られて、練習のようにはいかなかった。それでも、見れるレベルには踊れたと思う。


 二人で、階段に座って今撮影したばかりの動画を確認する。マリンが小声で歌を、口ずさんでいた。


「いい感じじゃない?」

「俺は変わらず下手くそだけど、ちゃんとフリはできてるよな?」


 不安になって、マリンに問い掛ければ、大きく頷いてくれる。ふうっと胸を撫で下ろせば、喉がカラカラに乾いていた。


「飲み物買ってくる」

「じゃあ、私は、パインサイダー!」

「おう」


 動画を確認してるマリンを置いて、一人で自販機まで歩く。海辺はまだらに、人が歩いていた。記念撮影をするカップル。子どもと手を繋いで歩いている夫婦。俺たちも側から見たら、ちゃんと、恋人に見えるんだろうか。


 嬉しさと、よくわからない気持ちを噛み締めながら、自販機にたどり着いた。マリンが言っていたパインサイダーと、自分用に悩んだが、同じものを買う。喉に良くないかもと、歌ってる時にはサイダーを避けていた。


 弾ける炭酸の感覚が、喉に刺激になるかも、と。プロでもないのにと笑われそうだけど、それくらい本気だった。


 昔の感覚を思い出して、じわじわと歌いたい気持ちが湧き上がる。カラオケへ、久しぶりに行きたい気分だ。ふんふんっと鼻歌を歌いながら戻れば、マリンはパソコンの画面に顔を近づけてじっくりと見てる。


 マリンの後ろに回って、パインサイダーをパソコンの前に突き出す。


「びっくりしたぁ」

「面白いコメントでもあった?」

 

 覗き込めば、投稿した動画のコメントを確認してる最中だった。マリンは俺の言葉に、首を横に振る。どんなコメントがあるのかと、俺も覗き込めば、二人で物産館を巡ってる動画。あの、ぶち炎上をした動画を見ていた。


 コメント欄に、見慣れた文字を見つけて心臓が跳ね上がる。

 全身に血液がまわって、どくどく脈打ってるのがわかった。


『話してる声、聞いたことないけど湊音に似てない?』

『思ってた、湊音っぽい声だよね』

『湊音くんを思い出しました』

『湊音くんなら、戻ってきて欲しいです』

 

 一度も配信でも、歌ってる途中でも、話したことなどない。だから、聞いたことないのは当たり前だ。それでも、歌っていない動画に……こんなコメントが付くなんて。


 お土産に関するコメントや、初々しい俺たちへのコメントの間に挟まる『湊音』へのメッセージ。普通だったら、関係ないチャンネルにそんなコメント書かねぇだろ。見ていてくれていた大切な視聴者のはずの人たちのコメントに、変な汗が背中を伝っていく。


 ネットストーカーをしていた子も、最初は……湊音の声が好きだと言ってくれた子だった。それなのに、いつのまにか恋の歌を歌えば『私のことを思って歌ってくれたんだよね』と、DMが届くように。

 返事をしなければ、何通も何通も届くDM。相手をして刺激をしてはいけないとわかっていたから、俺は見ないふりを続けていた。


 その内に、俺への想いは憎悪に変わっていく。


『私には返信してくれないのに! でもわかってるよ、恥ずかしいんだよね。私はいつでも、湊音の気持ちを受け入れれるよ』

『湊音の声を聞きながら寝たら、夢に出てきたの。何回も好きって伝えてくれてありがとう。大好きだよ』

『早く結婚したいね。湊音のプロポーズ楽しみにしてる』


 気分がいい時と、悪い時のジェットコースターのようにメッセージが、どんどんとおかしくなっていく。最後の方には、被害妄想と、他の視聴者への恨みつらみが綴られていた。


『あいつらみんな、湊音のことわかってない! 消えて欲しい』

『湊音は私だけいればいいよね?』

『どうして返事くれないの? 弄んだの?』

『もういいよ、暴露するから。湊音がやったこと』


 何一つ俺がしない内に、彼女の中ではストーリーが出来上がっていたらしい。気づけば、俺は彼女を弄んだ最低の男に成り下がっていた。


 焦りと動悸で、息が詰まる。マリンの反応を窺えば、プシュウっと音を立ててパインサイダーを開けていた。

 気づいてるのか、気づいていないのか。聞いてしまえば、すぐにわかる。それなのに、俺は確認する勇気がない。


 ごくごくと、サイダーを飲み干すマリンの喉だけを見つめていた。はぁっと息を吐き出して、顔を上げる。潮風が、マリンの髪の毛を掬い取って靡かせた。


「湊音さんって、いい声だよねぇ」


 純粋に褒めるマリンの声は、どちらなのか俺にはわからない。そうだよね、と言うのも憚られる。黙り込んだままなのも、変で俺もパインサイダーの蓋を開けた。


 プシュッという音と、波のザプンっという音だけが二人の間を流れていく。


「聞いたことある? もう、動画ないんだけどさ……」


 あるに決まってるよ。

 だって、俺なんだから。

 その湊音は、俺なんだから……

 でも、そんなことは言えないから、飲んでいたペットボトルから口を離して「うん」と小さく答えた。

 変か?

 いつもの俺らしくなくて、バレてしまうか?


 焦る俺の気持ちとは、裏腹にマリンは、懐かしそうにコメントを見つめる。マリンも、俺の歌を聞いていてくれたのか。その事実にやっと気づいて、体の中心から熱がカァアッと上がっていく。いい声だと言ってくれたこと、聞いてくれていたこと、その事実がただ、ただ、嬉しい。


「すごい優しい声で歌ってくれる人で、私好きだったんだぁ」

「そうなんだ、意外。歌ってみたとか聞くんだ」

「カップルチャンネルやりたいって言ったけど、本当は歌ってみたとかやってみたかったんだよねぇ」


 マリンの言葉に、唾を飲み込む。それだけは、俺は頷けない。普通に話してるだけでも、湊音だと疑われてるのに。歌うわけには、いかない。


「俺は音痴だから無理だよ」

「カラオケでも歌わないくらいだもんね。でも、ソウくんの歌も聞いてみたかったなぁ」

「いつか、な」


 マリンにだったら、聞かせたい。それでも、マリンが聞いたらきっと、俺が湊音だってバレてしまう。そんな自意識過剰が、邪魔をする。


「似てると言われれば、似てる、かなぁ……人間を大まかに分類すれば、同じような声かもね」


 コメントの『湊音に似てる』というコメントへの返事だろう。マリンが微かに呟くから、隣でわざとらしく笑ってみせる。


「そんな分類したら、結構大勢の人間が似てるだろ。ってか、歌声と話し声って結構違うと思うけどな」


 平常心を保って、バレないように、言葉にすれば、マリンは「そうだよねぇ!」とうなずく。よかった。気づいてない。安堵しながら、もう一度サイダーを口にする。


 胃の奥まで、パチパチと炭酸が弾けて痛かった。

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