表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

ネットの海で君を探す


 マリンがどこかにいる気がして、ネットの海に潜る。

海の動画ばかり見てしまうのは、マリンの名前のせいだろうか。海夢のSNSアカウントからの返事はない。俺の、マリン宛の動画が届いたかもわからなかった。


 でも、視聴者は『信じていたよ』と、炎上を無かったもののように扱った。だから、俺は、まだ歌ってる。


 夏休みが終わり、久しぶりに再会したクラスメイトたちは、それぞれ希望を目に映して、黒板を眺めていた。結局、進路希望調査票は、空欄のままだ。未定とだけ、書き込んで、窓の外を見つめる。


 光を反射した海が、ざぷんっと揺れていた。マリンの住んでる場所も、好きなことも、俺は、何一つ知らなかった事実に、打ちひしがれる夏休みだった。まだ、諦めてはいないけど。


「じゃあ、まず、進路調査票を提出してくれー」


 先生の声に、後ろからプリントが送られてくる。受け取って、重ねて前に渡す。みんなは、もう将来を決めているのだろうか。受け取った時ほどの焦燥感がないのは、諦めか、それとも、動画配信者をしていくという覚悟からか。どちらかは、どうでも良かった。


 久しぶりに会った高揚感で、クラスメイトたちはおしゃべりをやめない。先生も咎める気もないようで、集まった進路希望調査票をトントンと重ねた。


「よし、じゃあ、体育館に移動するぞ」


 先生の声に、ずらずらと動いていく人並みを遠く眺めた。重たい腰を上げれば、ミツルが俺の横からじゃれつく。


「マリンちゃんから返信はまだないのか?」


 耳元で小声のまま、呟く。こくんと頷けば、ミツルの手は俺を慰めるように背中をバシンっと力強く叩いた。学校を休んで、探し続けることも考えたが、親を心配させたくなくて、出席だけしてる。心はどこかに、吹き飛んだまま。


「俺もいろいろ探したんだけどさ」


 ミツルがスッと差し出したスマホには、ショート動画のアプリが開かれていた。海の動画に、女の子が歌ってるようだ。イヤホンから音が流れてるようで、そのままでは音は聞こえない。


 イヤホンも一緒に差し出されて、首を傾げる。耳にイヤホンを入れれば、透き通った鈴の鳴るような曲が頭に響く。目を見開いて、つい、涙がこぼれ落ちそうになった。


 一夏の幸せを歌ってる。


「これ、アカウント名は?」

「やっぱ、マリンちゃんの声に聞こえる?」


 ミツルの問いかけに、大きく頷く。隣のクラスの生徒が、俺らを追い抜かしていった。ミツルの顔を見れば、目を輝かせている。言葉にしなくても、言いたいことはわかった。


 だから、クラスメイトたちの波に飲まれるフリをして、階段を降りずに逸れる。ミツルと屋上に出れば、爽やかな風が吹いていた。波の音がざぷんっと、聞こえて、心がざわめく。


「ほい」


 スマホを渡されて、イヤホンを両耳につける。マリンの声だと、確信した。あれほど声がイヤだと、嫌いだと、ボイスチェンジャーを頑なに使用していたのに。

 この動画は、そのままのマリンの美しい声だ。ミツルがマリンの声を聞いたのなんて、数秒レベルなのによくわかったなと驚きながらも、耳を澄ませる。


 透き通った声が、耳から体中に広がっていく。アカウントから他のSNSを確認しようとすれば、表記はない。アカウント名は、「涼音」となっている。


 マリンのカケラも残っていないのに、これは、マリンだと思った。自分のスマホを開いて、アカウントを探す。涼音の投稿動画は、バズってはいない。でも、コンスタントに数千再生されている。


 いい声だもんなぁ。湊音のアカウントで、フォローを押す。ブロックされたら、他の方法でマリンを探そう。そう思っていたのに……


「ま、は? え?」

「なに?」


 驚いて俺を見つめるミツルに、イヤホンを外してスマホを返す。そして、自分のスマホの画面を見せた。


「涼音に、フォローされまし、た? お! まじかよ!」


 メッセージ欄を開く。何を伝えよう。まずは、傷つけたことへの謝罪?突き放されたら俺はどうしたらいい?


 手が震えて、うまく文字が打ち込めない。ミツルは、地べたに座り込んで、俺を見上げていた。俺も一緒になって、座る。


 まずは、マリンかどうかの確認か?

 いや、もう十中八九、マリンだ。


 何度も、謝罪の言葉を打ち込んでは消す。何を伝えたら、俺のこの想いは、まっすぐ伝わる?


『海夢で、マリンって読むって。知らなかったんだ。言い訳みたいだけど、俺は、親友だと思ってたし、海夢は大切な人だった。マリンのことも、大切な人だと思ってる』


 そこまで打ち込んで、やっぱり、消す。そして、もう一度、文章を打ち込み直した。


『傷つけて、ごめん。マリンにもう一度、会いたいです。勝手なのはわかってる』


 消そうと指を動かしていれば、隣のミツルが勝手にスマホの画面をタップする。送信されてしまったメッセージを見て、肩を落とした。同時に届いたメッセージに、顔を上げる。


『わかっちゃった?』


 少しおどけたような文面。最後についてる顔文字も、てへっと舌を出してる物だった。同時にメッセージを送っていた、奇跡に、胸が跳ねる。


『私こそ、勝手に消えてごめんね。ソウくんと、話したいことたくさんあるよ』


 メッセージが届いたかと思えば、スマホが着信を知らせる。慌てて、通話ボタンを押して、スマホを耳に押し当てた。


「ソウくん?」

「マリン、なんだよな?」

「わかった、わけじゃなかったの?」


 人魚姫みたいに、泡になってなんか、いなかった。消えてなかった。その事実に、ほっと安堵する。


「マリン、涼音って呼んだほうがいい?」

「どっちでもいいよ。どっちも、私だもん」

 

 体が崩れ落ちそうなのを、耐えて、喉の奥に詰まった想いを口にした。


「会いたい。好きだ、俺、マリンが好きだ。傷つけたことは、謝りたい。カップルチャンネルのビジネスみたいな、感じじゃなくて、本当の恋人だったら、どれだけいいか、ずっと想像してた」

「うん」


 控えめに、頷いた音に、拒絶じゃなかった声に、つばを飲み込む。そして、溢れていく想いをとめどなく、何度も口にした。


「好きだ。もう、消えないで」

「先に消えたのは、ソウだけどね」

「それは、ごめん。マリンは、もう俺に会いたくない?」


 聞きたい、聞きたくない。

 胸の中の二つの思いを、ぐっと押さえ込む。


「会いたいよ。私がこうやって自分の声で投稿始めたのも、ソウくんにずっと伝えたかった」


 嘘でも良かった。でも、マリンの声は、嘘じゃない。


 隣から動いたミツルの方を、見つめる。ミツルは俺らのやりとりを聞かないためか、フェンスに近寄って、イヤホンを耳にはめていた。


「どうして、始めたんだ?」

「ソウくんが素直に謝罪動画を上げてるのを見て、あぁ立ち向かったんだなぁって思ったの」

「見てくれたんだ……」


 見てくれると、期待してた。確かにしてたけど、本当に見てくれてるとは思っていなかった。そうだったら、いいなぁという希望的観測くらいだ。


「ソウが向き合ったっていう勇気を見て、私の声が届いたんだなって。だから、最後に今の私の歌を聞いてもらおうと思って上げてみた」

「最後に?」

「ソウくん見てたら、私のままでも良かったなって……思えたの」

「俺は、マリンの声が好きだよ」


 一度伝えた思いは、緊張をひょいと乗り越えて、口から飛び出ていく。マリンがコンプレックスに向き合えた事実も、嬉しい。


「ずっと、海夢のこと、カイムって俺呼んでたんだ」

「そうなんだなぁって、動画の投稿を見てて気づいたよ。ソウくんって意外に……漢字に弱かったんだね」


 耳に響く、くすくすという笑い声に、すっかり心はあの距離に戻っていた。急にマリンが消えてしまう、あの前に。


「悪かったな」

「ううん、私こそ勘違いで急にいなくなってごめんね。覚えててくれていないんだって思って、すごいショックで、本当は帰ってなかったんだけど。ソウくんから逃げちゃった」


 すれ違っていた二人の線が交わっていくのを、感じた。俺とマリンは、まだ繋がってる。


「マリンがいなくて、マジでショックだったし、めちゃくちゃ探した。炎上と向き合ったのだって、マリンと再会したいっていう下心だよ」

「でも、向き合ったのは、事実でしょ! えらいよ、えらいえらい」


 いつもの優しい声で、俺を褒めてくれる。きっとマリンはもう、人魚になりたいと思っていない。そんな気がした。


「もう人魚になるのは、やめたのか?」

「もう、人魚になっちゃった。だから、こんないい歌声なんだよ」

「マリンが人魚になるなら、俺も人魚になって追いかけるかな」

「それは、ダメだよ」


 吐き出されたため息のような、掠れた声。人魚になっちゃった。そんな言葉に、どうしてか本当にそうなってる気がしてしまう。


「でも、満足してるよ。人魚の世界も楽しいから」

「なんだよそれ、人魚と人間の恋愛は、泡になって消えちゃうのに、か?」


 強い風が、髪の毛を掻き上げる。風の強さと、太陽の眩しさに目を細めた。スマホの電話越しの、波の音と、目の前の波の音が重なって聞こえる。


 気のせいなのに、そんなはずないのに。同じ場所にいる、気がしてしまう。


「マリンがまだ、こっちにいる気がしちゃうな」


 冗談まじりに言えば、驚いた声で、マリンが息を呑む。まさか、まさか、まさか?

 そんなまさか、あるか?

 現実で?


 フェンスに駆け寄って、下の海を眺める。見覚えのある、黒髪が海にぽつんっと浮いていた。そして、ゆっくりと、こちらを見上げる。


 目が、合った気がした。


「ミツル、悪い。帰る!」


 通話を切って、父さんに「早退する」とだけメッセージを送る。力こぶの絵文字だけ返ってきたから、何かに気づいてるかもしれない。帰ったら恋バナしようとか、言われるかも。


 どうでもいいか、そんなこと。階段を一段一段降りる時間が、惜しくて、数段飛ばして駆け降りる。始業式のために、体育館に移動する人の波は落ち着いたらしく、校舎は静まり返っていた。


 玄関で靴を履き替えるのも、面倒だ。

 上履きのまま、海辺まで駆ける。


 マリンは逃げもせず、俺をじいっと見つめて、唇を緩めた。俺の口も、どんどん緩んで、弧を描く。海に飛び込んで強く抱きしめれば、確かにマリンがそこにいた。


「帰ったんじゃないのかよ」

「うん、帰るよ。帰るけど、ソウくんに最後に会いたくなっちゃった」

「話したいことたくさんあるんだろ、聞くよ」


 ぱしゃんっと跳ねた海の雫が、頬を濡らす。


「聞きたいことが、一個だけあったんだけど、いい?」


 ずっと、胸に引っかかって、気になっていたこと。マリンに問いかけようと、顔を上げれば、こくこくと頷く。


「なに?」

「どうして、俺とカップルチャンネルやるって、言い出したの」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ