20.民草の心。(1)
これは神子の紅葉が、「遠見」で緑山に来ている連中を覗き見た翌日のこと。
守長の羽鳥 潮は、あちらこちらからの報告書を受け、外社務所に置かれた密偵用の連絡所でそれらを読んでいた。
外社務所2階にある事務所は、絨毯敷だが建具は和の雰囲気で、和洋折衷の大正風になっている。今日は現場に出ないつもりで、潮は珍しく和装姿。紺系の紬風生地の着物に少し風合いの違った羽織を合わせ、どこかの社長のプライベートかという服装だ。その潮が、ちょうど玄弥の書いた紅葉の、あの連中を覗き見た結果を読んでいた時だった。
「ご隠居様に連絡が付きました」
発言したのは、少しウェーブのかかった茶髪を左に流した、少々気障な洒落者。茶系のスーツの旅装を解かずに重厚な飴色のドアを開けて入ってきたのは、夢先の杜の巣東京の支部長、猿田 晴秋だ。彼はわざわざ夢先の杜へ報告にやってきた。電話や手紙などで内容が知られるのを危惧したと理由をつけているが、なんのことはない、本人が遅めの冬休みを取りたいだけなのだ。同学年という気安さで、潮の所へ顔を出した。
「晴秋……自ら来るほどの事か?」
「口実に過ぎないってのは分かってますよね~?」
晴秋の返事に潮はため息をついた。各支部長は曲者揃いだ。今は社長秘書をやっていた経験や、様々な飲食店の経営で落ち着いた大人に見えているが、晴秋は同級生の潮がいつもフォローしていた悪ガキだ。時折今でも潮の前では、遠慮がなくなる。
「今度は何だ。冬の休みを満喫するだけじゃないんだろう?」
「よくお分かりで……。なら何をするかもわかってるんだよね」
「……分からないから訊いてるんだ。ここにお前が興味の湧くものなんてないだろ?」
じろっと見てくる潮に、くっくっと晴秋は笑う。
「やだなぁ、ちゃんといるじゃん。鮎彦が推してる後輩君。今後東京方面に出てくるんだろう? なら顔合わせさせろよ」
耳聡いやつめ。潮はそう思ったが、不機嫌な顔を動かさずに言う。
「お前、会ったことあるだろう? 今さら何を話すんだよ。もしかして、上京したらアルバイトでホストにして情報収集を手伝わせようとか……」
「いや~まさか~。そんなわけないでしょ。……て、会ったことある?」
「わざとらしいなぁ7年前だよ。お前まだ秘書だった頃に、社長の子息といとこに扮した中学生を連れてって、見張り頼んだよな。あの葦人の弟だ」
「ま・じ・か! あのくりくりヘアーのかわいい子が……どんな美少年に……」
「お前、発言が不穏。それに……、あいつは見た目で寄ってくる相手が吐き気するほど嫌いだ。あと……あいつはノーマル」
潮はここぞとばかりに釘を何本も差してやる。その度にわざわざ傷ついたリアクションを取るあたり、晴秋は徹底して潮をからかっている。潮としては、変な女のせいで異性愛者なのに女性が苦手になった上、ゲイからアプローチでは玄弥のメンタルが心配だったのだ。
「な……なるほど、貴重な意見をありがとう」
「それよりも、お前によく協力してくれるやつがいるだろう? そいつに頼まれたこともあるし、一度顔見せに行けよ。そのついでなら、顔ぐらい拝ませてやる」
潮の言う頼まれごとは、深山 雪彦が昨年春に言って来たことだ。少し早いが、晴秋が杜に戻るのは珍しいので、この機会に顔見せだけするつもりだった。晴秋のことだ、辰巳家直系の冬司を見れば、おそらく自分から世話を焼きそうである。その冬司を引っ張りだすには、その場に玄弥がいればいい。
そして、潮は今読んでいた玄弥の作った報告書を晴秋に渡す。
「それは、「遠見」の神子様が見た、観察者の動向をまとめた報告書だ。昭和の軍属をしていた神子様と違って、今の神子様たちは諜報活動をした経験がない。だから、補助に玄弥が付いて報告書を書かせた。……まだ高1だよ。よく書けてるだろ」
晴秋は読み進めて感心した。神子様に話しやすいように話させて、それをちゃんと時系列、順番をそろえ、我々が必要なことは詳しく聞き出して記載してある。人の話は二転三転したり、あっちへこっちへ飛んだりするのだ。それを文字に分かりやすく書き起こすのは、意外に骨が折れる。
「で、この観察した相手が、こちらで探っている連中が送り込んだ邪魔者か」
「そう。葦人が弟のトラウマ作った相手だから、喜んで参戦してるよ。潰す気満々だ」
「なるほどねぇ。俺でも気色悪いと思うぞこいつら。児童ポルノに誘拐・監禁か」
「そこで、お前にご隠居様へ渡りをつけてもらったのさ。一応、彼が育てた連中の1人がやらかしてるんだ」
潮は、日辻家の持つコネクションと晴秋の管理する夜の店から、様々なうわさを拾い、官邸や官庁、主要党派事務所や新聞社に入り込んでいる密偵を使い、内偵をしていた。結果、ある1人の政治家にたどり着いた。案の定というべきか、竹田 正信議員が浮上した。
潮が話を続ける。
「年代的に牛島が殺害されたのは、竹田議員の先輩が勉強会を仕切っていた頃だろう。その後の鈴木 太一郎議員の秘書を巻き込んだ騒ぎ辺りからは、竹田議員が手を回してる」
「その通りだろう。牛島が死んだ頃はまだ俺が支部長になる前だけど、当時の支部長の所には、竹田議員の先輩格の議員が手を出したらしい資料が提出されていた」
晴秋の言葉に潮は頷く。
「なるほど、やはり竹田議員は、古くからの日本の密偵を切り捨てたいんだな。だから河合 あやめに指導して店を持たせた。……いや、竹田議員の前からか。だから変な宗教団体に騒ぎを起こさせたのか? ……それは憶測として情報もないし、今となってはそうだとしても彼らの失敗だ」
「そう簡単じゃないんだけどね、情報収集。まあ……海外からの手を借りている様子だよ。それもアメリカとかじゃなく、アジアの辺り。言葉に出すと問題になるから言わないけど」
潮は苦笑しながら、晴秋に同意した。近年、国内のことは自分たちで何とかなるが、海外になるとさすがに、手出しができない案件も多い。そのことで竹田議員は物足りなさを感じたのだろう。
だが、そのために今までの日本国内の「守り」を潰す必要はない。「夢先の杜」は厳密には密偵ではなく、「神託」など違う次元の手段を持つ勢力だ。つまり共存する方法はあるのにそうするのは、竹田議員に協力している海外の手が、彼らの邪魔になる勢力を消して、取って代わろうとしている可能性がある。そういう連中を引き入れる判断をした竹田陣営は、少々守りが緩く思えた。
「きな臭いな」
「そう、きな臭いよ。我々は自分の身を守る必要がある」
晴秋に自衛を促され、潮は実感していた。時代が変わる。新しい一歩が必要だと。それは、眞白が直感し、先見様が想い、玄弥が本能的に感じたことに、類似していた。
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