19.逆襲の神子様(3)
「そうか……あいつらだけ来させるわけじゃないのか」
「そうです。それと、こっちの方が専門職だからやっかいです。でもまあ、杜の連中には敵ではないでしょう」
潮が苦笑して涼太に伝える。その見張りに、実は見張りが付いているのだ。彼らの中にもそれを気付く優秀な者がいるが、それによってより慎重になってくれるから、無駄な仕事が減ってありがたい。
「涼太が俺たちみたいに擦れてなくて嬉しいよ。さて……怪しくない程度の安全運転で戻ろう」
当たり前のように車は大山の設備会社の駐車場へ入って行く。それをもちろん見張りは見ている。そこに、突風の北風が土ぼこりを巻き上げ、見張りはもろに受けてしまった。急な目つぶしに慌てて設備会社の入り口に目をやると、正月明けに急な現場仕事になった作業員が数名、建物の入り口へ入って行く。見張りは、本当にただの作業員だったのかと少し落胆し、その場を立ち去った。
そして駐車場の入り口を注視する人間がいなくなったのを見計らい、彼らを乗せた車はまた、夢先の杜へ向かって走り出す。そのまま、妨害もなく到着できるだろう。
うまく監視を躱せたのは、神子たちのからくりがあったからだ。
駐車場へ入るまでは実際の、紅葉を乗せたワンボックスだった。そこで見張りに風を当てたのは、撫子の同級生猪俣 蒼依。彼女は「風守」の神力使いだ。眞白のような天気を操るほどの力はないが、風を吹かせたり無風にしたりができる。
そして舗装路で最近なかなか見ない土ぼこりを作り、風に乗せたのは、蒼依の1つ上の学年、日辻 みやび。彼女は地面に穴を開けたり、平らにならす程度はできる「産土」の神力使いだ。毎年、農業関係を生業とする宇佐美家、辰巳家、鳥井家、猪俣家の作付け前の土づくりを手伝っている。
見張りが目を離したすきに作業員の「幻覚」を見せたのは、緑山神社の神子、鏡 朱里。役に立つ使い方ができる自信を付けさせようと、事違え様が協力を頼んでいた。
今回は外神殿の神子たちも、「夢先の杜の一大事」だからと積極的に協力を申し出ていた。密偵の守長である潮や、先代の玄弥についての失態を知っている長老会長の朝也は、普段なら神子の能力を知られる危険を考え、辞退を申し出ていただろう。だが、今回は彼らとしても失敗は許されない事態だ。彼らの協力を受け、万全の体勢で敵を葬ることにしていた。
ワンボックスを大山の作業員しか乗っていないと、誤認させた3人の小学生の神子たちは、楽しそうにおしゃべりをしつつ、まだ温かいたこ焼きをつつきながら、ゆっくり一つ裏の路地まで歩いて来る。そこに待っていた柚木 健太が、ホッとした顔で柚木家の車に迎え入れた。
「健太さん、教えてもらった場所は的確でしたよ~」
3人を代表するように、みやびが話しかけた。健太にも神力がありそうだと潮から報告があり、先見様が涼太に彼を目くらましチームへ入れさせていた。
「ふーん。健太、神力あったんだ~」
意外そうに朱里が言う。健太は内心ドキッとしたが、知らん顔をする。
「さあ? 単に勘がいいだけなんだけどさ、涼太さんとか潮さん? だっけ、やってみろって言うから……」
「私らから見て、合格だよ。良かったじゃん朱里。1人で神子やらなくて済んで」
蒼依も健太のその「直感」が、外れないものだと感じていた。それに、この「なんとなく良し悪しを感じる」という能力は、もともと神子に求められていた力でもある。祈祷や占いを神社にしに来る理由だ。
「じゃ、お仕事が無事終わったことだし、朱里の家に戻りましょう……おねがいします」
みやびが運転席に声をかける。今日運転をしているのは、健太の父、柚木 健一だ。健太と朱里が仲直りした様子なので、鏡家の緑山神社をきれいにする活動のことは家族で話し合い、参加することにした。今回の運転の手伝いは健太に頼まれたものだ。
「じゃあ緑山に戻りますよ」
健一は後ろに女子3人を乗せ、助手席に健太が座ると車を発進させた。助手席から健太が父に言う。
「父ちゃん俺、神子になるみたい」
「……そうか。まあ、神社が今はどうなるか分からんし、無理はするなよ」
本人は何も持っていない健一は、小さい頃から勘の良かった健太を見て来たが、単に観察力があるだけだと思っていた。それが、特に情報がなくても分かる、本当に「虫の知らせ」だと知ったのは、今回潮と涼太に知らされてからだった。まだしっかり理解が追いついていない。でも、子どもが将来をもう決めるのは早いと思っていて、もっと自由に暮らさせたいとも考えている。その考えが、返答に現れていた。
「いいね~家族愛だ。あたしらなんか有無を言わせず外神殿行きだったもんね」
そう言って羨ましがったのは、蒼依だ。夢先の杜では神子の覚醒があると、安全のため当たり前に外神殿に住むことになる。玄弥のような例外はまれなのだ。
「私たちとは環境が違うよ。これから神社を復興させるんだし、変なしがらみないから」
みやびがそう言って蒼依をなだめる。まだまだ彼女たちは小学生だから、つい羨ましいと感じてしまう。そんな2人を見て朱里は、自分が母親と暮らせるのは幸運なのだと思った。そして、健太が神子になるなら、なんとなく照れくさいけれど嬉しい、とも感じていた。なんで照れくさいのか、朱里には勝手がわからず戸惑って、ここは黙っていることにした。
柚木家のいつも買い物に使う小さめのファミリーカーは、何事もなかったかのように緑山の鏡家へと走って行った。
***
3学期が先週から始まった今日は1月14日。そろそろ小学校の下校の時間。
「最近妙に忙しいねぇ。……そう思わない?」
バス待避所の待合所の店番をしているばあさんが、奥の事務所の中年のおばちゃんに言う。
「そうねぇ。バスの乗客が増えたりしてないんだけどね~」
おばちゃんもばあさんの話に応じる。彼女たちは、待避所にある売店とバスの定期券などの販売事務所の従業員。それが表向きのお仕事だが、珍しく外神殿にいない「目くらましの神子」という、重要な役目を持っていた。待避所待合室の裏手に一軒の家があり、その家に2家族が住んでいる。




