19.逆襲の神子様(2)
外神殿と外社務所の附近は人の行き来を想定して、二つの建物の間に街灯が1本立っている。びゅうと北風が吹き、風の寒さに紅葉は首をすくめ、何とはなしに街灯の方を見る。と、そこに背が高く、細身のシルエットがあった。
「炎樹。……どうしたの?」
紅葉が驚いて話しかけると、炎樹は紅葉の方を振り返った。
「ごあいさつだなぁ。なんか会えそうな気がしたからだよ」
近寄った紅葉に言いながら、炎樹はそっと紅葉を引き寄せる。
「……なんて、うーそ。労ってやれって玄弥が時間教えてくれたから」
「あんのやろう。最近彼女できて図に乗ってんな~」
「こらこらこら。せっかく会えたのに、そういうこと言わない」
紅葉はぶぅと頬を膨らませる。それを片手の指で挟んで、ぷっと空気を抜かせる炎樹。お互い目を合わせると、ふふっと笑いあう。寒の時期、寒い外なので長居はできない。
「ありがと。ちょっと気分が悪くなってたけど、落ち着いた。やっぱ……あいつら許せないな。玄弥がトラウマ抱えるのも分かる酷さ」
紅葉がふつふつと怒りを表して言う。
「そうか……俺は部外者だから何もやってあげられないけど、紅葉の愚痴なら聞くからな」
紅葉の頭をなでながら炎樹が言うと、にこっと笑って紅葉は頷いた。なんだかんだ言っても、気にかけてくれる炎樹が嬉しい。ちょっとの時間だけれど紅葉はほっこりして、さっき「遠見」で見た嫌な光景を忘れられた。
***
今回の紅葉の「遠見」は、神子や周囲が協力し合って実現した成果だ。紅葉は、自分が全く知らない相手の視点は利用できない。そこで、「遠見のお手付き作戦」が先に必要だった。
正月明けの午後。緑山地区の路地に、プロデューサーと呼ばれている例の男が立っていた。危険物女が、ディレクターとして取材に出ている様子を遠くから眺めている。通行人をつかまえ、幽霊騒ぎについて話を聞くのだが、大人はそれなりに返答を返すが全く騒ぎに詳しくない。
「これは、子どもたちのコミュニティだけの、「口裂け女」的なやつか」
男がつぶやいた時だった。この男の唯一のおしゃれというべきか、これだけはいい物をつけているロレックスが、少しばかり光を反射した。それをめがけてカラスが急降下して来る。
「わっ! なんだ……やめろって!」
男はとっさに顔をかばうように、腕を頭の辺りにかざす。その腕をつかむように一瞬、カラスは男に留まった。そして、動かす腕を鬱陶しがって、カラスはあきらめたように飛び去った。
「ふぅ……なんとか行ったかな。これだから田舎は困る」
そう言って男は、ハンカチで顔をぬぐった。カラスに違和感を感じたりすることもなく。
「うまく、感覚は共有できた?」
紅葉にそう訊ねたのは涼太。ここは、あの連中がいる場所から通り一つ離れた路地。あのカラスが男の腕めがけて飛んでくれたのは、涼太の神力で説得したからだった。そのカラスに紅葉は感覚共有して飛びついた。
「ええ。ふみと違って歩くだけで上下動がすごいけど、必要な時だけ視界をつなげばいいから」
目をつぶって吐き気を鎮めながら紅葉が言った。彼らは今、夢先の杜の成鳥と共に、ワンボックスカーの中にいる。戻ってきたカラスが上に留まり、窓をコツコツとくちばしでつついたので、涼太が窓を開けてハンバーガーを1つ差し出してやる。それを器用に受け取ると、カラスはバサバサっと飛び立って行った。
「さて。彼らも今日はベースに戻るようですよ。あちらの車は緑山市街の方へ向かいました」
運転席にいる、帰省中だった葦人が言う。彼は1月2日の新年会から逃げ綾子の家にいたのだが、帰宅して時人から玄弥のトラウマに関わる話を聞き、積極的に参戦したいと潮にごり押しした。さすがは弟妹大好きのお兄ちゃんである。弟にひどいことをした相手を見ておきたいので、運転手役をもぎ取ったのだった。
「そうだね、少し待ったらこちらも夢先の杜に戻ろう。ここに留まっても怪しいし、紅葉様には落ち着いた場所で「遠見」をしていただく方が良いでしょう」
助手席にいる潮が葦人に指示を出す。葦人は後部座席の窓を閉めている友人の涼太を見やり、涼太が了承して頷くのを見て取ると、ワンボックスをゆっくり発進させた。
「あ……ちょっと注意。あいつ、ミラーで付いてくる車がないか見てる」
紅葉が「遠見」で共有している男の視線を読み取り、葦人に伝える。
「了解です。こちらは市街に行かず、奥の橋を使って夢先村側へ行きます」
葦人は男が注視している路地に出ると、市街地の方と反対に曲がって安定した速度で進んだ。いかにも設備補修会社が使っていそうなワンボックスは、今回猿渡のものではなく、北斗が美麗の母玲子に頼んで大山建設から借り、使わせてもらっている。
まだ新車に近いワンボックスは、会社名が入っているがさほど汚れておらず、「美麗を紹介したいから、猿渡の長男 大輝の運転で、大輝の彼女や弟の銀河を誘って遊びに出かけたい」という北斗のお願いに、玲子が快く貸してくれた。実際に北斗たちはクリスマス頃に使い、きれいにして年明けに返すと伝えてあり、それを今回の偽装に使っていた。
もし監視対象の男が車に警戒しても、猿渡と対立していると周囲が思う大山の車なら、そこから辿ることもない。実際に迂回路方面に大山建設の設備会社が支店を持っている。そこまでして疑うなら、その男はかなりの危険人物だろうが、彼らにそこまで余裕はなさそうだった。
「紅葉様、しばらく揺れがあります。よろしければ横になられますか?」
潮が話しかけるが、紅葉は頷かなかった。
「今はまだ感覚を慣れさせているので。視界が座っている状態だから、合わせたほうが違和感がないです」
「分かりました。では揺れに気を付けて行きます」
「葦人、慎重にな」
「分かってるって、涼太は心配性だな相変わらず」
友人らしい気安さで葦人は涼太に返す。だが、運転は山道に近い。車には周囲に怪しまれない程度の速度が必要で、葦人はその加減をうまくバランス取って走らせた。そして時折、仕方のない揺れは来る。
「葦人。もうちょっと慎重な運転にならないのか?」
神子たちの中でも心配性で面倒見の良い涼太が、紅葉の状態を気にして言う。
「悪いね、涼太。これ以上恐る恐る走らせると、見張ってる連中の違和感に引っかかるんだ。……外にいるお友達に確認してみて」
さっきのカラスは涼太が気に入ったらしく、まだ上空を飛んでいる。そのカラスに涼太は訊ねてみると、近くの角に周囲に馴染もうと目立たずに立つ、においが普通と違う男がいると返事があった。




