19.逆襲の神子様(1)
松が開けたばかりの1月。大川市のオリーブリーブスホテルの最上級の部屋、2ベッドルームのスイートルームに、昨年暮れに緑山地区で見かけられた2人連れプラス2名が投宿していた。例の目つきの危ない女と、没個性を逆手に取ったような男と、その部下だ。
この地域でオリーブリーブスホテルは、洋風宿泊施設の中で一番高級と言われていて、スイートならばかなり値の張る宿泊料を取る。彼らの服装や立ち居振る舞いは、それに見合うような風体ではないのだが、しばらくその部屋をキープする財源があるようだった。
つまり何か普通ではない資金源があるのだ。一般人なら「あら羽振りがいいのね」と思う程度。だから彼らもそれは当たり前のようなふりをして、泊まっていた。そうでなければ普段は、素泊まり数千円の安宿を使うような懐具合なのだ。スイートに運び込んだ荷物からして、薄汚れた大量の撮影編集機材。部屋の掃除に来るスタッフも、きっと触りたくない煩雑ぶりである。
「……おい。またそんなもの観てんのか。そんなに暇じゃないはずだが?」
スイートの寝室の1部屋のドアを開け、没個性男が文句を言う。そこは危険物女の仕事場兼寝室。簡易的なライティングデスクに置かれたパソコンの前に女は座り、暖房が良く効く部屋ならではか、ほぼ肌着姿同然で缶チューハイ片手に動画を観ている。
「いやあね~社長。今は休憩時間~」
女は男を「プロデューサー」ではなく「社長」と呼んだ。彼らは現場とオフィスで呼び方が変わるが、つまりはそれだけ零細企業だった。あと数人の社員がいるが、男が起業した頃からいるのはこの女だけで、この2人は10年以上の腐れ縁。
「休憩は分かるが、そういうブツは家以外で観るなって言ってるだろうが。お前の性癖がバレる」
女が観ていたのはバレたら警察に行く代物だった。見目好くかわいい幼児や児童にやたら寄って行くのは、その顔が恐怖や苦痛に歪み泣くのを好んでいるため。今もその手の動画をニヤニヤと眺め、興奮していた。明らかに嗜好に問題がある。
「も~。見えないようにわざわざ個室で、イヤフォンつけて観てんだから勘弁してよ。最近うまく取材進まなくてストレスたまってんだから」
「それはお前、自分の性癖子どもに見抜かれてっからじゃねえか。この間も小学生の手首つかみやがって」
昔からそうだ。普通のショートフィルムや宣伝動画の取材でも、この女は好みの子どもを見つけると突進する。その表情と急なボディタッチや手首をつかむ癖で、どれだけ子どもにドン引きされているか分かっていない。お前がマジで怪しすぎるんだぞ、と言っても聞いていない。
「だって、かわいいんだから。……ふふふふふ」
よだれまで垂らして、マジでうざい。男はそう思う。このスイートに入る時、換気口や電源など一通り確認して入ったが、それでも普段ホテル内を歩く時、年末年始家族連れの多い時期だけにこの女の目つきが、誰かに見つからないか不安だ。部屋をそこまでチェックしなければならないほど、男は秘密の多い仕事をもらっている。
「今回のクライアントは、作品の完成が最優先じゃないからな。他の社員には言うな、常務さんよ。どっかの教授の仕事を邪魔しろって話だから、変なうわさを立てればそれでいい。その間に他で色々やるんだろうな」
表で「ディレクター」と呼んでいるが、会社として重役の地位にいる女に、男は必要な情報だけ与えた。そして一応、会社として無駄足を防ぎたい男は言う。
「超常現象の話が仕事にならなくても、この辺りに取材でじっくり留まれる機会は無駄にすんな。景色はきれいな場所だ。画像ストックは作っておけよ」
「ふあーい。面倒いけどね」
この危険物女を切れないのは、撮る画像だけは美しいからだ。景色のどこを切り取るかで、どうしてここまで感動を作れるのか。それ以外は、残念な性癖だけに放り出したいぐらいだが、ここまで後ろ暗い仕事にも関わっているから既に、手遅れだ。
実際に資金繰りが苦しい頃、裏ビデオで危険物女好みのヤバい映像作品も作ったし、それの流通相手を通して、今回のような客につながることになった。この腐れ縁、どこまで一緒に堕ちるのだろう。男はあきらめ、ドアを閉めてリビング側へ戻った。
***
「想像もしてなかったでしょうね。あれだけ換気口とかホテルマンの目を気にして、実は自分が漏洩元だなんて」
外神殿のトイレで盛大に吐き戻し、そんなことを言ったのは紅葉だった。彼女の「遠見」の力は安定しているし、使われるカメラ替わりの生体に無理がかかることもない。ただ、4つ足の猫のふみと違って人間は、視点がぐらぐら変わる。おまけに見たくもない物を見させられる。それで、紅葉は吐く羽目になったのだ。
「無理すんなよ紅葉。不愉快な物も見るだろうから」
今回神子として、かなり高度な実践で任務に就くことになった紅葉は、普段と勝手が違う仕事なので、密偵として何度も現場に出ている玄弥にフォローを頼んでいた。どういう情報が欲しいのか、何を報告したら良いか等、紅葉は玄弥のレクチャーでいい仕事をしている。玄弥は濡らして絞ったタオルを紅葉に手渡し、言葉をかけていた。
「うん、ありがと。……久々、人間の視界とリンクしたから、酔いが酷いな。それに、……えげつない物も、見させられた」
「やっぱり……。あの女、かなり下劣だった?」
「そうね。あれ……多分児童ポルノってやつだと思う。それ見て興奮してた……うぇ」
「あ……、無理すんな。言わなくていいから」
ほとんど外部での仕事がない外神殿の神子に、いきなり最悪の人間を見せてしまった。これなら、もっと上の世代の少し神力の弱い「遠見」の神子に、任せた方が良かったかもしれないなと、玄弥は考えていた。
「外の空気吸っといでよ。少し気分を変えたほうがいい」
紅葉が落ち着いてから、とりあえず今回の「遠見」で分かったことの聞き取りが終わり、玄弥は紅葉に言った。冬の日の入りは早いから、外はもう日がどっぷりと暮れて夜になっている。玄弥が提出できるよう、報告書として書き直している間、紅葉はジャケットとマフラーをして、裏口から外に出た。




