17.星降る夜の分岐点(5)
「そういえば星羅。今日は1人みたいだけど、どうしたの?」
「塾の帰りなの。冬期講習。私もさ、推薦は無理そうだからね。大学は行きたいから実力つけないと」
「星羅頭はいい方だもんね。2年生からがんばるならきっと受かるよ。でも……クリスマスイブだけど、彼氏はいないの?」
美麗がつっこんだ質問をした。星羅は美麗が彼氏と居たので、多分訊かれるな~と思っていたが。
「いるよ……まあ、今日はバイトがあるらしいから……」
星羅はちょっと余裕がありそうに装って、さっきまで寂しいと思っていた気持ちを隠す。
「やっぱいるよね~こんだけ清楚な美人風なら」
「風ってなによ、風って」
「いや、結構星羅強いもん。私は強がりの中身ヨワヨワだから」
「まったく、相変わらず口が悪いじゃない? 彼氏に逃げられるよ」
「ないない。彼、私気に入ってるらしいから。で……どういう彼?」
訊かれて星羅はどう答えようか迷う。一番に思うのはミステリアスだが、こんな形容詞を付けたら何を言われるか分からない。
「そうね……優しいよ。かっこいいし、気遣いもできるし。でも時々かわいいかも」
「……なにその理想のかたまりみたいな男は」
「あはは……なんだろね~。私の主観だからホントは違うかも~」
ちょっとほめ過ぎたかと星羅は笑ってごまかす。でもその星羅の様子を見て、美麗は少し安心していた。自分が星羅や他の3人を振り回したせいで、これまで周りから距離を置かれていただろう。その星羅に彼氏ができて、幸せそうだ。
「まあ、惚れた相手は良く見えるっていうし。良かったね」
「ん……美麗もね」
「それじゃ。……またね」
いつ会えるか分からないが、また会えればいい。2度と会わないわけでもないなら、また会える。美麗はなんとなく、友だちの付き合い方がやっとわかったような気がした。
そしてお互い手を振ると、美麗は待っている彼、北斗の方へ戻って行く。星羅の方を見た北斗は会釈をすると、美麗と手をつなぎ去って行った。彼らを笑顔で見送った星羅は、ふと自分の頬が北風を受けて急に冷たく感じた。
「あれ……」
頬を触った指先が濡れた。なぜだろう、星羅は涙を流していたらしい。自分の涙の訳が分からず、濡れた両手をぼおっと見下ろす。
「星羅……?」
呼ばれた声に弾かれたように振り向く。そこには、今日は会えないと諦めていた人が立っていた。ジーンズにパーカーとスタジャンを重ね着した、最近の10代スタイルで周囲に溶け込んだ「達也」。
「早めに終わったから来てみたんだけど……どうしたの?」
「達也」は振り向いた星羅が涙を流していたので、驚いてハンカチを出すとそっと水分を吸い取るように、頬や目じりに押し当て、周りに見えないようにそっと抱き込んだ。
「なんだろ……わかんない。でも、もう大丈夫。「達也」が来てくれたから」
星羅はふっと笑う。そして、「達也」の懐から上目遣いに見上げ、疑問に思ったことを口にする。
「なんでここにいるって分かったの? それに……人の顔ごしごしハンカチでこすらないのね。ずいぶん手慣れてるけど、誰におそわったのよ」
「今日塾に来てるってのは知ってたからさ、この辺り見物してるかなって。会えなきゃ会えないで仕方ないかな~と。それと……俺にも一応母親ってのがいるからね、勘ぐらないで欲しいなぁ」
会えなくても仕方ないと思って来てみたのは本当だ。ただ、女性の涙のぬぐい方を弥生に教わったことはない。それは「日辻のおねえさん達」のご指導なのだが、そんな話をすれば嫉妬が再燃してやぶ蛇だ。星羅の疑いを晴らすため、「達也」は母親という存在を引っ張り出した。
「ふうん……、お母さんってどんな人?」
「普通の人。俺たちみたいな「杜の仕事」は全く知らない主婦」
これはほぼ本当の事だった。この間裏についてなにも知らされていないことが露呈したし、表の仕事で幸せに暮らしてほしいと、「達也」の中の玄弥も思っている。
「そうそう。公園の外にお父さんの車、来ているよ。ケーキも買ったみたいだし、一緒に帰ったらいいよ」
「え? ……残念。もう少し一緒にいたかったんだけど」
星羅が珍しく甘えたことを言った。「達也」は少し残念そうな顔をして、星羅をなだめる。
「まだ、少しやることがあるんだ。それに、今日はずっと星一さんに張り付いてたからさ、ちょっと離れたい。ふふっ……星羅とお付き合いしてるの内緒だろ?」
何かまた、鈴木家の近くであるらしい。それは父から星羅に何も言ってこないし、きっと知らせたくないのだろう。
「うん……わかった」
ちょっと考えて、仕方ないと星羅は了承する。少し子どもっぽく頬を膨らませてみた星羅を「達也」は、きゅっと抱きしめてから、北風で冷たくなった頬を両手で温めるようになでて、唇に軽くキスをした。
「今度は新学期までお預け?」
星羅の疑問に、「達也」は困ったような顔で答える。
「そうだね……多分。年末年始は周りの目が多すぎるんだ。あの集落、そういう行事しっかりやるからさ。でも、……年末の買い出しの荷物持ちぐらいならやるよ?」
星一の周辺の見張りがある。そのついでなのだが、「達也」も少しは星羅に会ってあげたい気がしたのだ。
「ふふふっ。荷物持ちなんて。まるで白金に住むお嬢様の執事みたいね~」
「なに言ってんの。星羅は鈴木 太一郎議員の第一秘書のお嬢様じゃん」
その「達也」の返しがちょっとムカついて、星羅は「達也」の形良い鼻をきゅっとつまんでにらむ。だが、「達也」をちょっと困った顔にさせて溜飲を下げた星羅は、ごめんごめんと言って笑う。
「じゃあ、年始は忙しいけど。年末までなら呼んで」
「達也」の言葉に星羅は頷く。
「分かった。連絡するね」
そう言って、星羅は小さく手を振ると、迎えが来ると言っていた公園の入り口へ向かった。それを見送った「達也」は、星羅の周囲に不審者がいないかを探り、車に乗り込むまで確認した。一応これも、今回の仕事の一部だった。
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