17.星降る夜の分岐点(4)
「とりあえず、説明できることは全部伝えたはずだよ。あとは父さんと話して」
アフターフォローは夫婦なのだから、時人がするだろうと玄弥はそう言って終わらせた。そして撫子に話しかけた。
「どうする? 撫子。このまま、修練生続ける? 続けてると……今日みたいに母さんの隣りに居られないことになるけど」
撫子は急に大量に教えられた話で、混乱していた。
「夢先様ってホントにいるの? 蒼依ちゃんやみやびちゃんは、私たちと違う力がホントにあるの? どうして……私だけ知らなかったの?」
テレビでやっているアニメの正義の味方のように、普通の人ができないことをする人が、実際に近くで生きていると教えられて、しかもそれが自分の友だちだったなどと言われたら、混乱するしかない。「私だけ知らなかった」原因はそもそも、親たちのせいだが、渡した本をちゃんと読まなかったのは撫子がしたことだ。
ただ、それには玄弥も自分が教えられなかった落ち度がある。家族だからといって、なんでも言わずにわかるわけじゃない。
今もまだ、玄弥は撫子に言っていないことがある。その、「私たちと違う力」が自分にもあることだ。できれば言わずに済ませたい玄弥は、そこだけ伝えなかった。もし撫子が修練生を辞めるなら、ずっと知らずにいればいいことだ。そう玄弥は思っていた。
「辞めるなら今のうちだよ。もっと深い仕事に関わったら、戻りたくても戻れない。まあ、表の仕事だけになりたいって宣言しても、蒼依さんやみやびさんは友だちでいてくれるさ。俺の友だちでも、秋金と桃香は表の人間だよ。それで、友だちが変わるわけじゃない」
身近な人の名前が出たことで、撫子はやっと自分事だと考えられた。
「もうちょっと……考える」
撫子は、初めて自分から玄弥に「考える」と言ったようだと、ふと気が付いた。いつも兄は「答えが出なくても考えろ」と言っていた。面倒くさがりで短気な撫子だが、それでもこれは考えなきゃいけない場面だと、やっと理解が追いついた。
あの日から1週間が経った。正月前、葦人が戻ってきて家族が集まった所で撫子は、修練生を抜けることを皆に告げた。ちゃんと自分で決めたのだ。玄弥は何も言わず、撫子の頭をなでてやった。撫子が少し成長したようで、いつのまにか教育係になっていた玄弥は、なんとなくお役御免になった気がしていた。
***
ちょうど今日はクリスマスイブね。緑ヶ丘の学習塾で大学受験の冬季講座を受けに行った星羅は、今日の日程を終えて塾の建物から外に出ながら思った。ちょうどはす向かいの洋菓子店から、ケーキの箱を持った人たちが入れ代わり立ち代わり出てきていて、受験の準備を始めて忘れていた季節を思い出していた。
「あ、そうか。……忙しいんだっけ」
よくあるクリスマスデートにお誘いがなかったなと思った星羅だったが、「達也」から仕事があると聞いていたのを思い出した。そしてちょっと、寂しいとも感じていた。そして気を取り直して、両親と食べようかと洋菓子店で、ちょっと高めの小さい1ホールケーキを買い、まだ迎えが来るには早いので、 近くのイルミネーションがきれいな公園を見に行った。
今日の星羅は塾へ行くだけだったので普段着。でも、大衆的なチェーン店で安かったが、それなりに気に入っているセーターとパンツ。それを星羅が着ると、ちょっと高見えコーデに化けるとは、友だちの愛に言われる。本人は全くそんな風に思わないのだが。今日はその上にショート丈のダウンと長いマフラーをぐるりと巻いて、寒い北風を防いでいた。
緑地公園は、木々に電飾が施されてとても明るい。1人で歩いても、あちこちに屋台が出ているので大丈夫そうだ。ただ、ほとんどがカップルと思われる男女2人連れで見物していて、おひとり様は星羅ぐらいだろうか。
「もう……こういう日までお仕事、か~」
別にとても不満というわけじゃない。でも、世の中の普通の高校生並みに、ちょっとはクリスマスに特別が欲しいという気持ちもある。それがぽろっと独り言に出た。
そういえばもう半年近く「達也」と付き合いが続いている。最初は彼の正体を知った星羅が動揺する中口説かれて、いつのまにか付き合うことになっていた「達也」。学校での悪い友人を別の学校へ移るように仕向ける、大人たちの手伝いをしていた彼は、母が家に戻るきっかけをくれたり、時々休日に出かけたりと、いつも星羅に優しい。
「なんだろうな……それなのに」
ぽそっと星羅は言葉に出した。それなのに、壁を感じるのだ。なんだろう、これ以上は踏み込めない何かがある。たぶんそれは、あの緑山の廃寺のトラブルの後感じた、自分だけが理解の追いつかない場面に、漠然とした不安を感じ始めたからなのだろう。
「あれ……星羅じゃない? 久しぶり」
少し先の飾り立てたツリーを見ていたカップルの女子が、星羅を見つけて話しかけて来た。
「……美麗?」
それは、例の騒ぎで転校して行った大山 美麗だった。でも、以前よりも表情は明るく、不満を蓄えたような小太り体形が、少し引き締まって健康的になっていた。
「あのね……私、ずっと星羅たちに謝りたかったの。私の我が儘で振り回してごめんなさい。多分、……こんなの言い訳にしか聞こえないだろうけど」
以前は考えられなかったが、美麗が謝罪を口にした。ずいぶんと素直になったな、と星羅は思う。
「ううん。……悪いと思っても何も言わなかったし。私も悪かったわ」
星羅も外で珍しく、素直な気持ちを口にしていた。美麗が転校する発端は自分が学校に助けを求めたからだ。そして、自分の親が政治家の秘書で、自分の知らぬところで美麗を追い出す算段をしていたからだった。それを後ろめたいと思っていたが、それは美麗に言うものではない。
「ねえ、美麗はデートで来たの?」
星羅はチラリと美麗の後方、少し離れた場所いる人を見る。ああそうか、あの乱闘騒ぎで美麗を守っていた人か。星羅は気が付いた。
「うん……彼氏ができたんだ。多分星羅、気が付いたんでしょ、あの時の人だよ。で……正体がうちの生徒会長だったの」
「生徒会長?」
「そう。驚いた? 私も、転校する前の顔見せの時に、学校で会ってびっくりしたの。それからね、編入するまでに2年の1学期までの復習手伝ってくれてね、今……珍しく勉強が楽しいんだ~」
美麗はとても生き生きした笑顔で話した。あの、何かいつも不満で人のあらを捜しては、意地悪を言って憂さを晴らしていた彼女は、どこにもいない。
「そう……いい方に変われたなら良かったのね」
美麗が今幸せそうだということに、星羅は普通に嬉しかった。きっと新しい学校の環境が、緑ヶ丘高校より良かったんだろう。向き不向きは誰でもある。




