17.星降る夜の分岐点(3)
「母さん。ツリー近くで見てきたら? 撫子、母さんにあっち側の飾りも見せてあげてよ。ちょっとトイレ行ってくるから」
星一との会話を終え驚いた表情で佇んでいた弥生のところに、撫子を連れて行くと、玄弥はいったん2人と離れた。鈴木 星一秘書がいるということは、太一郎議員が来ている。そして、竹田派閥を見張る成鳥もいるからだ。
「すいません、お手洗いはどこですか?」
場所は分かっているのに、ホテルマンへ玄弥は尋ねる。ホテルマンの正体が成鳥だと分かってのことだ。
「はい、ご案内しますね」
彼は先に立って歩き出し、玄弥は後ろを歩いた。そして、少し通路を進んだところで話しかける。
「鈴木 太一郎議員の秘書と母が接触しました。何も漏らしていないとは思いますが、母は表の人なので。……何かこちらが関わる動きはありますか?」
前を歩くホテルマンが声を潜めて答えた。
「いや、弥生女将が知っている程度のことでは、彼らの情報でもないので。……今、竹田派閥の政治家の会合をやっている。鈴木 太一郎議員の地場を引き継ぐのが、星一氏で良いかの確認だよ。それと……あの川村 あやめのその後」
「川村?」
「ああ、彼女の本名は知らなかったっけ。今の源氏名は河合 あやめだが、どうやら銀座での修行の成果があったらしくてね。竹田氏がオーナーになっている店を任せるらしい。その話も出ていたよ。どうやら情報集めに使うんだな」
「……ふうん。それなりにうまく行ってるらしいね。まあ、鈴木親子にこれ以上絡まなきゃ、バレることもないか」
「ああ、玄弥は昔あやめに顔を見られたんだっけ……。大丈夫だろう、玄弥今後は違う世界に行くって聞いてるよ、鮎彦さんに」
なんだかんだ鮎彦は玄弥の情報に早いらしい。田所教授に気に入られたことを聞きつけたのだ。あまりベラベラ集落にバラされるのは困るが、鮎彦としては自分が構った玄弥が認められて、ちょっとは喜んでくれたのだろう。
「まだまだ先のことです。ちゃんと大学まで行ければいいんですけどね~」
「大丈夫だろう? あの鳥井家の次男が根回ししてるだろうから、高校が推薦出すだろう」
「あはっ。炎樹先輩、裏の仕事してないのに認められてんだね~」
「いや、さっさと自分から去られたからね。惜しい人材なんだよ」
「分かります」
あまり立ち話をするものではないので、トイレにたどり着くとホテルマンは去った。そして玄弥も口実のトイレを利用すると、弥生と撫子のところへ戻り、タクシーで家へと戻ることにした。
***
「忙しい時間にごめん。緊急事態」
家に戻ると玄弥は、旅館が客の受け入れに忙しい時間だったが、事務所にいる父に会いに行った。とりあえず、弥生と撫子がよそ行きを着替えて普段着になるまで時間がある。その間に家長の許可をもらおうと思ったのだ。
「緊急事態とはずいぶん剣呑な言い方だな」
「仕方ないですよ父さん。母さんが鈴木議員の秘書とあっちで会って、俺たちを紹介しようとしてしまいました」
さすがに驚いたらしく、時人が愕然とした顔で固まった。子どもの時から集落育ちの者なら、それがまずいことだと知っている。だが、弥生は本村で生まれ育った集落の遠縁の者。桜子が女将として気に入って迎えた嫁だ。普通の感覚なら自慢の家族を紹介するだろう。
「父さん、今忙しい時間帯だろうから、俺から2人に説明していい?」
「ああ……仕方がないだろう。が、くれぐれも言い過ぎないでくれよ。葦人からお前は言葉がきつすぎると言われてるから」
「えええ~? 兄さんそんなこと言ったの? いやだな~、ちゃんと相手は考えて物言ってるよ。今回は母さんと撫子だし、ソフトに行くって」
そう言うと玄弥は、自宅の側へと戻って行った。
「玄弥。……お話があるんでしょ? お父さんは?」
弥生が緊張した面持ちで居間のソファーに座っていた。その隣りに撫子は、納得できないという顔をして座っている。弥生や玄弥に文句を言いたいが我慢しているのか、着ているチュニックの裾をぎゅっと握っていた。
「今の時間は旅館の方が忙しいからね。俺から説明するようにって」
そう言うと、玄弥は2人の前のソファーに腰かけた。2人の緊張が分かるので、玄弥は目の前のテーブルに置かれたお茶セットに手を伸ばし、わざとゆっくり3人分のお茶を淹れた。弥生と撫子の前にそれぞれの湯呑を置き、自分の分を手に取り一口飲む。うん、ちょうどいい味だ。
「さて。……撫子、なにが問題だったのか考えた?」
「ええと……わかんない」
相変わらず、深く考えることをすぐ投げる、撫子の悪い癖が出ていた。
「母さんは、別館でおじいさんおばあさんから何か聞いたことは?」
弥生は黙って首を横に振った。充人と桜子が、集落の教育を弥生にしようという気はなかったらしい。
「わかりました。……じゃあ、母さんと撫子はこの集落がなぜ外から隠されてるのか、それも聞かされてない?」
「なんとなく、重要なお客様が多いから、注意が必要って話しか」
弥生が答える。それだけで、あれだけしっかり接客できていたのが、弥生の適応力のすごさだろう。これは時人の説明不足だ。そして、玄弥と同じ「夢先様の本」を渡していたはずの撫子は、おそらく読みもしなかったと、玄弥は見て取った。
「じゃあホントに基礎の基礎から説明するから。撫子、お前途中で「何で?」って言いたくなるだろうけど、あとで答えるから最後まで聞いてね」
そして、玄弥は表仕事だからと蚊帳の外だった弥生に、なぜ門馬家が集落の門番と言われているのかから、説明を始めた。
仕事ができる人たちは、自分が当たり前に感じていることを初心者が知らない、ということを忘れる。だからおそらく、集落で育った人にとって当たり前だった「隠れ里」の認識は、弥生が「知っているもの」と考えスルーしたのだ。その根本の理解がない状態で何年も過ごした弥生は、ベテランになってしまって人に訊くに訊けない、ヤバい状況に置かれてしまった。
また玄弥は、その話しの最中撫子の様子を注視していた。自分も親や祖父母に「夢先様の話」を聞かされないで育った。でも、玄弥の場合は眞白や葦人が気を利かせ、教えてくれた。撫子は集落で生まれたし、時人もかわいがっていたから、きちんと教えていると思い込んでいた。おそらく時人は、弥生が本館に戻ってくれたことで、撫子の子育てを任せられると思ったのだろう。まったく安易な両親には頭が痛い。
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