17.星降る夜の分岐点(1)
「家に友達呼べないのって変だよね~。友達呼んでお誕生日会やったことないの、私ぐらいだって。クリスマスぐらいしたいのに~」
夕飯前の宿題をやっている撫子が、リビング学習しながらぶつぶつと言う。そろそろ玄弥と撫子が同じ部屋で勉強という年齢でもないので、撫子の宿題をやる場所は近年子育てのトレンド、リビングになった。そこで撫子が遊び過ぎないよう、様子を見るのが玄弥の日課だ。今日も田所教授の出版している本を読みつつ居たところで、小学校3年生の妹は不満たらたらだった。
年末が近づくと、バブルだった頃から日本人は、やたらと浮かれた連中が増えるらしい。大人は忘年会という理由で酒を飲み、子どもや若造はクリスマスにあれこれ期待する。
……というのは、普通の日本人の話。未だに夢先様を信じる集落では、クリスマスを祝う家など珍しい。
それとお誕生日会。それも集落では難しい。
集落が「隠れ里」であることは、隣り村にいる一般の住民は知らない。
どんな能力のある神子がいるか、その神子を守る護衛の体勢がどうなっているのか、などは普通の人にはどうでも良い情報。だが、それを知りたい連中にどこから漏れるか分からない。ほんの小さな綻びを作るわけにもいかないから、集落に外部の一般人を入れるのは慎重にしなければならないのだ。
子どもの遊びでも、ポロリと口が滑ればどこをどう伝って悪意のある人の耳に入るか分からない。情報の中には国など大きな相手の情報もあるこの集落。下手をすると人死にが出る、などという話は確かに、普通の感覚で分かるものではなかった。
「……ま~た言ってる~」
玄弥はため息をつきながらつぶやく。撫子は言っても仕方がないと分かって言っているのは、玄弥にも分かる。それでも不満があるから口にしてしまうのだろう。分家が家の中だけでこっそりお祝いする程度なら、やっている家もあるだろう。だが、門馬家は十二家本家の一つだし、外から来る客がいる旅館なのだ。さすがに難しいと玄弥は思う。
「それより、宿題終わったの? 別に予習までしろとは言ってないんだけど」
「ん~。今終わった」
「そっか。じゃあそろそろ夕飯だな。お母さんとこ行っといで」
撫子は教科書などをまとめると、自室の方へ持って出た。それを見やると、玄弥は旅館の事務所へ向かった。
「父さん、いる?」
事務所の戸をノックして、玄弥は訊ねた。中からの返答に戸を開けて入る。
「どうした? そろそろそっちは夕飯だろう」
意外な時間の息子の訪問に時人は驚いて迎え入れた。先日少し打ち解けた親子だが、まだまだ普通に世間話をするほどではない。何か理由があってだろうと時人は思う。そして確かに今は理由があった。
「うん……ちょっとだけ伝えておこうと思って。撫子のこと」
「撫子か。最近口が達者になったからな」
時人も撫子が不満をよく口にするのを分かっているらしい。
「それ。今日は、友だちを集落に招けないことで不満を言ってた。お誕生日会もクリスマス会もできないって」
「それは、あの子も分かっているんだろう? 理由は。ただ、言っても仕方がないけど、不満がたまるよりは吐き出せた方がいいだろうし」
やはり時人と弥生は優しい。優しい親としていい人たちだろう。けれど、厳しいことはあまり言っていない。親しい人の前で不満を言うことに慣れ過ぎてしまうと、「親しそうな人」に裏切られることもある。それが、彼ら神子の護衛たちの現実だ。それをそろそろ撫子も分からなければ、いくら身体能力が飛びぬけていても裏には向かない。
「それだけど父さん。俺、撫子は裏の仕事に向かないと思うんだ。俺たちは時々、嘘でクライアントや自分たちを守らなきゃならない。でも……撫子は、正直者すぎる」
「それは……」
「ごめん。父さん。俺が言うことじゃないと思ったけど、俺、撫子が酷い目に合うのは見たくないんだ。俺みたいに……嫌な目にあう前に。普通の子として育った方が、撫子は伸び伸び生きられると思う」
玄弥の言葉に時人は、小1の時の急な任務で、心に傷を負って戻った息子の様子を思い出した。玄弥はその後、親しくない大人の女性と、2人だけになるのを極端に恐れ、村の小学校の女子に騒がれるのも鬱陶しがって隠れた。それはしばらく続いたし、今もなお玄弥は、見た目に騒いで近づく女性を極端に嫌っているのを時人も分かっていた。
「それは……玄弥も同じだろう? 年齢の近い女性や大人の女性はまだ苦手にしているし、学びたいことがあるんだから、無理して護衛や密偵を続けなくてもいいんだよ」
「心配してくれるのは嬉しいけど、俺は無理はしてないよ。集落じゃ神子と思われなくても、外神殿の神子とは仲良くできているし、最近は「無能の黒馬」なんて言われなくなったし、興味のある方面で仕事になれば、堂々と集落の外に出るからさ」
「外に出るって……」
波風を立てるのが嫌いな時人は、思い切りのよいことを平然と言う玄弥に驚く。もう相談という段階でもないのは、改めて自分たち親が頼りないことを実感する。
「別に縁を切るわけじゃないよ。俺、今の田所教授が引退する頃には、集落の文化をやたら調べたい連中の防波堤、なろうと思ってる」
「前の杉田先生というのは役に立たなかったな。政府のお墨付きで一度調査を受け入れたらしいが、それをステータス扱いしていて、集落の存在を隠す役目を忘れていたから。次の田所教授もどうだろうね。知識欲に駆られた教授なんてのは、大抵ブレーキがない。お前の中継ぎになるのか?」
「だから……大学に進学して見張りますよ。2~3年したら多分、不穏な連中も田所教授が怪しいと特定するでしょう。危険な接触があるでしょうし、それをガードしてやったら、少しは真剣みが増すでしょう?」
そう悪意の笑みを零し玄弥は言う。時人は、顔のパーツは似ていてもなんで自分とこうも違うのか、ため息が出る。本当は神子だからなのか浮世離れしているなぁなどと、時人はつらつらと考えていた。
「まあ、高校を卒業まであと2年あるんだ。ゆっくり考えなさい。それと……撫子のことは、本人が実感しないのに辞めさせたりすると、あいつのことだ、へそを曲げるぞ。こちらでも様子を見るから、羽鳥にも伝えておく」
時人と羽鳥 潮は同級生だ。今でも門番の門馬家当主と守長として、付き合いがある。世間話の合間に感触を伝えようというのだろう。
「うん、お願い。それと……、さっきの撫子がクリスマス会やりたがってた話だけどさ、ちょっとだけ気分を味わわせてあげるってのはどうかな。そのことで、父さんにちょっと協力して欲しいんだ~」
そう言うと、玄弥は撫子のクリスマスのための計画を時人に伝え、しっかり許可とお小遣いをもぎ取ったのだった。
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