16.迷惑襲来攻防戦(4)
一筋縄ではいかないと玄弥は思っていた。なので、自分を餌にしようと考えた。
「私の家は夢先杜の集落の入り口を守る門番、「門馬家」です。門馬旅館という宿に夢先神社のご神託が欲しい方々をお泊めして、事前に人柄を見たり、相談内容を神社側が受けられるか判断材料を集めて、ご連絡する家。だから、……神殿とのやりとりで資料を受け取ることもできる立場にいるんですよ」
玄弥は田所教授の反応をそっとうかがう。本人は表に出していないつもりだろうが、かなり気になっている様子だ。意味もなく手元の資料をいじっている。
「田所先生のことを次の協力者として、集落に紹介することもできるでしょう。……いかがですか」
それは、田所教授の恩師から、彼に信頼を移すことを意味している。なかなか若手の研究を認めない老害からやっと、彼は自分の手に研究を取り戻せるのだ。玄弥が用意できる最上の餌だった。長老会に伝えるのでは無視されるだろうが、先見様を通してならおそらく提案が通る。なにしろ緑山神社復興の権威付けをさせるのだから。
「君は策士だねぇ。……いいよ、そちらである程度準備ができたら、私が訪れてメディアに紹介しよう。それと、資料を提供してくれたら、学会報告もしていいかな」
「ええ、緑山神社についての研究は、田所先生にお任せいたします。そのかわり……夢先神社については、口外も研究も御法度ですよ。かなり上の方の方々が関わっていますので、下手をすると消されます」
玄弥は田所教授を少しだけ脅かしておいた。研究熱心な人物ほど、権威というものを軽視し探求心という言葉で、秘密を暴く作業を正当化しやすい。前の協力者がまさにそういう人物になってしまったので、ここは気を付けさせなければならなかった。
「なるほどね。私の恩師が書棚に鍵までかけていたのは、それなりに理由があるわけだ。まあ……私がゼミに所属していた頃はもう、鍵をかけるけれど表紙が見える場所に置いて、自分の手柄みたいに見せびらかしていた様子だったけど」
「わかりました。そちらの方は私より上の者が何とかするでしょう。さて……お引止めして申し訳ありません。他に展示内容で補完説明が足りないところはありますか?」
「いや、大丈夫。もう少し見させてもらうよ。それと……これを預けておきましょう」
そう言って田所教授は、名刺を玄弥に渡した。
「大学に進学するならいらっしゃい。私のゼミに来て欲しいよ」
「ありがとうございます。まだ1年生なので、じっくり考えます」
そう言って玄弥は教授の前を辞すると、廊下にいる炎樹たちを呼びに出る。他の生徒もうろついているので、擬態して廊下へ出て行った。すぐ脇で炎樹と翔は待っていて、教授の案内を引き継いだ。炎樹は会場に入って行く。その時翔が急に玄弥の腕を引き、廊下の隅へ引っ張って行った。
「ねえ。なんで顔隠したり猫背にしたりしてるの? もったいないじゃん」
炎樹から一応説明はしたはずなのだが、翔には玄弥の擬態に納得が行かないらしい。炎樹は目立つ見た目を有効に使って、しっかり自己主張している。玄弥もそうすればいいと思っているようだ。
「翔先輩。炎樹先輩は目立つことでさらに力を出す人ですが、俺は違うんです。目立つのは嫌いなんです」
「いや、それでもそこまでして隠れなくても良くない?」
「あの……実は俺、見た目で寄ってくる女性が苦手なんですよ。昔、女の人に誘拐されそうになってから、騒がれたりグイグイ来られたりは苦手で……。だから隠してるんです」
玄弥の話しに翔はかなり驚いたようで引き気味で頷いた。修練生として目立つのを避けているというもう一つの理由は、もちろん言わない。だが表向きの理由で、十分納得したようだ。
「まあ……色々あるよね。僕なんか小さい頃おねえさん達に、何かあるとすぐ女装させられてたし。あ……、でも門馬くんさ、女性より男性が好みとかじゃないよね?」
「それはないです。普通の異性愛者ですよ~。女の子の方が興味ありますって」
「それでも、言い寄られるのは嫌いなんだ。難儀だね~」
呆れたように言う翔に玄弥は、頭を書きながら照れ笑いした。
「それより翔先輩。愛先輩を誘わないんですか?」
「え……」
珍しく翔が動揺する。愛は美麗の呪縛から解放されてから明るくなったと、2年生の男子の間でひそかに人気が出てきている。玄弥はその辺り情報を得ているので、翔を後押ししたいと思っていた。
「生徒会で忙しいのは分かりますけど、放っておくと先越されますよ~。それじゃ、受付戻りますね」
にっこり笑って翔に教授の案内を引き継ぐと、赤面する翔を放置して玄弥は展示に戻った。
明日は笑い事じゃなくヤバい女がやってくる。隠れられるなら隠れていたいが、クラスの手伝いを全くしないわけにはいかない。一難去ってまた一難だ。明日見つかりそうになったら、どうやって逃げようか。玄弥は密かに悩んだ。
***
1日目はあいにく冷え込んであまり天気が良くなかったが、2日目は良く晴れてお祭り日和だ。これだと一般の来場者が増えるだろう。緑ヶ丘高校の生徒の一部はそう感じていた。他はまあ、楽しく盛り上がればいいと思っているだろうし、それが正しい楽しみ方だ。
玄弥は今日、クラスの出し物の裏方になっている。玄弥たちのクラスは「メイド喫茶」をやっているので、食品を追加で持って来たり、紙のコップや皿の廃棄が出る。家庭科室で出来上がる地元野菜を入れたお菓子を会場の教室に運び、かさばってきた紙のコップや皿をゴミ集積所へ運ぶのは、あまり率先してやりたがる生徒がいない。だから玄弥は、1日目に生徒会の仕事に駆り出された分、今日は率先してその嫌がられる担当に就いていた。
「門馬~。大丈夫か1人で。誰か交代しようか?」
クラスの友人たちが心配して訊いてくれる。それは嬉しい。
「いやいいよ。俺、あんまり前に出たくないし。緊張してダメ。こっちがいいから」
今日は「迷惑夏生」対策もあるし、昨日何もできなかった分貢献したいのもある。裏から玄弥は出る気がない。玄弥が固辞するので、彼らも無理強いはしなかった。
そしてその頃、「メイド喫茶」の教室前で問い詰められた生徒がいた。
「ねえ、子安先輩。ホントーに門馬先輩来てないの? なんかさっきクラスの女の子たち、集落から3人来てるって言ったんだけど」
「えええ? 何言ってんのさ。俺は桃香とここに進学したんだよ」
「だから~。もう1人いるんじゃないの?」
夏生の粘着質な目つきが秋金を震え上がらせる。その様子を休憩から戻る桃香が気付いて飛んできた。
「ちょっと~? あんた集落の野郎たちだけじゃ飽き足らず、秋金にまで手ぇ出すの?」
桃香はわざと誤解した内容で夏生に喧嘩を売った。周囲がざわめく。けんかが起きそうな雰囲気に、クラス委員が慌てて生徒会役員を探していた。




