16.迷惑襲来攻防戦(3)
そこに、客を案内して、生徒会役員たちが来場した。客人は40代ぐらいの男性で、そんなに高級ではなさそうなスーツ姿だが、姿勢は良く少し細身の紳士的な雰囲気の人物。押しつけがましくないが人に指導し慣れているような、教育者の雰囲気を持っていた。
炎樹の登場に周囲の生徒がざわつく。さすがに来客を案内しているので、周囲は悲鳴を上げたりは抑えているが、それでも女子のざわめきは伝わってしまう。邪魔になるといけないと考えたのだろう、一般の生徒は遠慮して展示会場から一時撤退して行った。
そして、なぜか張り切っているのは副会長の高橋 大輔だった。率先して展示へ案内し、色々注釈を言い出していた。それはなんだか、自分のペースで見ようとしている客人の邪魔になっている、と玄弥は感じた。そしてどうやら実際に、客人は不快に感じていたようだった。
緑山神社についての展示に差し掛かった時だった。
「ここは廃寺になっていた場所です。でも、中の神社はまだ祀られているらしく……」
「それは何の神だったのかな?」
急に客人は大輔の言葉を遮るように質問をした。
「え……、あの、権現様という神様だそうで……」
「それは廃寺の守護としての神様だろう? あの鳥居は?」
確かにこれは、表にない資料でしか分からない質問だ。しかも大輔は民間信仰の知識があるとは言えない。客人は、レポート提出を遅れた学生の言い訳を聞いているような、無表情で回答を待っていたが、大輔に答えのカードがないと見取ったようすで言った。
「私はここをゆっくり見て行きたいな。他のお客様の案内もあるんだろうから、私は後でいいよ」
その言葉に炎樹が動いた。
「高橋くん。田中くんと一緒に次のお客様のご案内に行ってください。頼みますね」
炎樹が一緒に来ないのは、客人に詫びを入れなければならないから。それが分からないほど大輔は愚かではない。
「申し訳ありません。お願いします」
そう言うと大輔はすぐ退場して行った。その後ろに一礼した真由美が付いて出て行く。
「先生、高橋が失礼いたしました。この展示を完成させた者をお呼びします」
炎樹はそう言うと、その場で玄弥を呼んだ。
「門馬くん。擬態を解いてこっちに来てくれ。……先生、私が会わせたかった者です」
まだそこには会計の佐藤 翔がいる。だが仕方がない。炎樹の顔をつぶすわけにもいかないだろう。玄弥は普段の猫背をやめ眼鏡を外すと、いつも垂らしている邪魔な前髪をかき上げ、脇へ流した。先生と呼ばれた客人と、翔が驚いて見つめる中、玄弥は受付から炎樹たちの方へ近づき、一礼する。
「今回の展示の制作責任者、1年生の門馬 玄弥と申します」
客人と、炎樹を見慣れている翔までが、ホッと息を吐いた。どうやら一時的に呼吸が止まったらしい。
「ああ……では、この緑山神社について。祭神は分かっているのかな」
「ええ。この神社の神は「沢の源泉」です。元々この地域の農地に水をもたらす沢を維持したい住民が、水の絶えることがないよう祈り始めたことで神格化したようです」
資料を眺めながら客人は、ふむふむと頷く。その様子を眺めていた炎樹は、翔を伴って会場の外へ出て行く。どうやら玄弥の擬態について、周囲に漏らさないように翔へ説明してくれるようだった。
玄弥の客人への説明は続く。
「その後、鎌倉時代に仏教の教えと混ざり「権現信仰」になったそうです。そして明治の廃仏毀釈運動のあおりを受けて廃寺になった際、沢を祀った一部の家があの神社を守って今に至ります」
「その情報の出典は何かな」
「夢先神社の資料庫に保管されている、「緑山神社神坐譲り縁起書」。江戸時代に書かれたものです」
「夢先神社」と聞いて、客人は目が飛び出さんばかりに驚いた。その資料の出所の名は、鍵をかけて触れられない自分の恩師の書棚以外で、持っている者を見たことがない。学会のうわさばかりで手の届かない物だった。
「存在は、恩師様から聞いてらっしゃいませんか? いや、……存在はご存じのようですね。まあ、それを先生がご存じなことで、彼に問題があるのは確認できました」
玄弥はにやりと笑う。客人は玄弥が何か強い権限を持っている人物かと、様子をうかがっている。実のところ玄弥は集落内の仕事に権限はない。ただ、結構重要な相手にコネクションができているのだが、本人にあまり自覚がない。
「失礼ですが先生。民俗学や地方史に造詣が深い方とお見受けしますが、お名前を教えていただけますか」
玄弥は客人が、先見様の伝手で連絡をした大学教授にしては年が若いので、その教え子ではないかと推測していた。そして資料の話の反応で、考えに確信が持てていた。
「清風大学の田所 修だ。人文学部の民俗学科教授をしている」
やはり大学教授であった。しかも、長老会と外神殿が次の防波堤と考えたリストの中に、彼の名前はある。資料読みのレクチャーのため、他の伝手を欲しがっていた玄弥は、先見様にそれを見せてもらっていた。そして、以前の教授より話が分かりそうな相手なら、その先をほのめかして良いとも言われていた。
今回は炎樹が高校の教諭の紹介で、今回の企画に重要性を持たせるため呼んだのだろう。発言力がありそうな教授が興味を示したとなれば、高校側も真面目なテーマに沿った成果を上げたと認める。
「大学教授なんですね。すごい、ホントの先生だ……すいません。失礼な態度で」
「いや、さっきの子よりずっといいよ。ちゃんとこちらの話しを聞いているから」
「ありがとうございます……。それで、かなり手間のかかるお願いがあるのですが。……緑山神社の復興をお手伝いいただけませんか? 昔と違って現代は、権威付けをしないと住民も興味を示さなくなっていますので、最後に信仰を残している3家だけでは、なかなか緑山神社を維持しづらくなっています」
玄弥は思い切ってお願いしてみる。さすがに「緑山の神、エニシが実在する」と言ったら精神的に疑われそうなので、実社会での維持活動について実情を言うにとどめた。
「ふむ……。確かに寂れた神社の氏子はかわいそうだが、私もそんなに時間が取れるわけじゃないのでねぇ」




