15.外神殿のやさしい人(2)
そんな中、玄弥はそ知らぬ顔で廊下に控える。表向きは神子ではないからと、今日は門馬旅館との連絡係で、鏡親子を連れて行く役目と思っているからだ。その両脇にいきなり現れた2人、紅葉と胡桃に驚いていると、玄弥はさっさと脇を固められて集会室に連れ込まれた。
「なっ。いきなりなにすんだよ! 俺、場違いだろ」
「ええい! 観念なさい、玄。これから何度も朱里ちゃんたちは来るんだから、今のうちに仲良くしときなさい」
「そうそう。すでに最初に会ってるんだから、今さらごまかし効くわけないでしょ」
玄弥は集会所の中に引きずり出された形で入った。その様子を先見様はにやにやと笑いながら見ている。その先見様をいたずらっ子をたしなめるように見て、事違え様がため息をつく。その一連の騒ぎを神子たちは皆、いつものことだなと苦笑しながら明後日の方を向いていた。
「あ……昨日はごめんなさい」
「さっきぶりですね」
朱里と雅子がすでに玄弥に話しかけてしまっているし、もう逃げられそうにないと自分でも思う。仕方がないと彼らに一礼し、そのまま部屋の隅に座ると玄弥は、ちゃんと説明してくれとばかりに先見様をじっと見た。それを見て取った先見様は頷くと、鏡親子に向き直り話しを始める。
「さて。鏡 朱里さん。そこの紅葉と玄弥に対して、緑山神社の境内で殺気を放つきつねの幻を見せたそうだが。……間違いないかな?」
先見様は穏やかだが有無を言わさぬ態度で、朱里に訊ねた。反省をしている朱里は、その問いにしっかり頷いた。
「そうか……。じゃあ、なぜそうしたのか訊いていいかな。何かに促された感覚があるかもしれないが、正直に言って欲しい。その方が原因が分かるから」
その問いに頷き、じっくり考えながら朱里は、先見様の問いに答えた。
「ええと。……いつもだと、私をからかったりした子がいて、なんとなくそうしなきゃって思ってしまって……、その子に怖いと思ってる物が見えるようにしてしまうんです」
朱里は普段からかって来たり、意地悪してくる子ども達とのやりとりから話した。
「でも……あの時は、頭の中にしっかり声が聞こえて、「邪魔者が来ている。消される前に」って。それから、私もなんであんなことができたのか分からないんです。木登りなんて普段しないし、私はみんなを見てるのになんか……こう……体の外に何かがくっついてる感じで、そこに立ってないみたいな……。う……うまく言えません」
緑山神社の時は、朱里への支配が強かったのだろう。先見様と事違え様は、お互い視線を交わして頷いた。そして事違え様が話しかけた。
「いいんですよ、朱里さん。言いにくいこと、よく言葉にしてくれましたね。それで何があったかよく分かりました」
「玄弥。ふみを通してだと分かりづらかったのだが、雅子さんに憑いていたきつね様はどうした」
先見様が玄弥に確認する。
「はい。その白いきつね様は、雅子さんが気が付く前に気が付いて、すぐ雅子さんの中へ戻ったようでした」
「そうか……。直接お話しできればいいのだが」
先見様が考え込んだ時、蒼依がつぶやいた。
「きつねだったら……涼太兄さんがお話しできるんじゃない?」
「何言ってんの蒼依。きつねはきつねでも、普通の動物じゃないでしょ」
隣りにいたみやびが蒼依をたしなめる。だが、それを聞いていた事違え様は、にっこり微笑んで言った。
「あら、それいいわね。ご神体かもしれないけど、あくまできつねと意識されてるお相手ですから。……涼太、ちょっとこっちへ来てくれる?」
蒼依が思いついたのは、玄弥の兄 葦人と同い年の丑山 涼太だ。その涼太を事違え様は、鏡親子の近くへ呼んだ。
「彼は生き物の感じていることが分かる神力持ちです。ただ、生き物といっても複雑な人間の感情までは、読み取らないので怖がらないでください」
先見様が鏡親子に、警戒させないよう言葉を添えた。
「涼太、雅子さんの中にきつね様がいるか分かる?」
「やってみます……。雅子さん、失礼しますね」
小学生の頃から骨太体形だった涼太は20歳を過ぎて、神子と言われないと分からないほどがっちり筋肉質に育っている。動物に懐かれるのに人に警戒される男、それが涼太だ。なので、今も物腰は丁寧に、笑顔で礼をして雅子の前へ胡坐で座った。普段涼太は、何もしなくても周囲の生き物の声を拾おうとすれば拾える。だが、相手も警戒していると考え、雅子の前で両手をかざして目を閉じ、集中した。
その涼太の様子に、最初は怯えたような目をしていた雅子も、警戒を解いた様子だ。落ち着いて様子を見ていた。
「あ……いらっしゃいます。え……わかりました。……先見様、事違え様、きつね様がお姿を現して良いと。あと、玄弥。警戒しなくていいってさ」
「そうですか。……ではよろしくお願いします」
先見様が返事をし、玄弥は警戒を解いた。
この外神殿の神子で今、攻撃もできる神力持ちは少ない。そして日本が戦争放棄した現代、実際に攻撃に使う練習をしている神子は、玄弥だけだ。玄弥の神力も、もともとは癒しの力の意味合いが強い。そんな練習をするのは玄弥の環境のせいだった。わざわざきつね様から過剰な反応を指摘されたことに、玄弥は少しだけ落ち込んだ。
「ああ君ね、そんなに気に病まなくて良いぞ。君のおかげで私もやっと外が良く見える」
雅子からすうっと外に現れた白いきつねは、姿を人型に変えて開口一番、玄弥を労った。そして正面にいる先見様と事違え様に向き直り、話しかける。
「夢先様の加護の強い方々と見受けます。私は、夢先様から緑山の神域へ遣わされている、「エニシ」。元々緑山の沢の神が人里へ降りて人と成りたいと言うので、その神域を守る者として私が夢先様から遣わされたのだ。なので、私は霊体だが、あなた方とさほど立場は変わらぬ」




