15.外神殿のやさしい人(1)
玄弥は胡桃に捕まった。
それは、鏡 雅子が朱里の部屋へ向かった後の、外神殿の集会室。玄弥は雅子を門馬旅館本館にチェックインさせた後、外神殿へ送ってきていた。さすがに鮎彦の用意した衣装をずっと着続ける気分ではなく、自宅で普段着の長袖Tシャツとチノパンに着替えている。
「玄~? 私があんな強力な浄化ができるとか、どーして勝手な話作ってんの~」
胡桃の拳固が玄弥の頭の両脇をぐりぐりと責める。まさにナットクラッカーだ。
「イデイデイデデデっ」
修練で銀河のこぶしが入ってしまった時でも玄弥はこんな声は出さない。マジで痛い。このぐりぐり攻撃は、胡桃の息子たちも恐怖する制裁だった。それだけ玄弥を自分の息子のようにかわいがっている証拠なのだが、これはこれで迷惑。
「いや、だって……、俺神子だとか今さら言えないじゃん! ごまかすにはそれしかないって」
玄弥が言うと、胡桃はぐりぐり攻撃を緩め、ため息をついた。
「そりゃそうだけど……、私より器用なのがなんか腹立つのよね」
「なんすかそのへんな理屈」
「最近さ~玄はあの「穢れの槍」? あれよく使うよね。なんで簡単そうに当てられるのよ」
「器用ってそこ? ……まあ……そこは、修練生でもありますんで。投的なんかも練習あるし」
「そうか~。神子は身体能力についちゃ何も練習ないもんねぇ」
胡桃はぶつぶつ言っている。そしてふと、何だか癪にさわってつい、玄弥の頭を軽くはたいた。
「いてっ。……なんだよ師匠~」
「やーつあたり。……わるいわね」
「まあこんぐらいで気が晴れたんならなにより」
玄弥は村で雅子の穢れを浄化した時自分の神力を隠すため、他の神子の力のおかげだと言い逃れたことで、胡桃以外の神子にも叱られるだろうと思っていた。だが彼らは、玄弥の手際のよい浄化を褒めるだけで、責めることはなかったのだ。その分、胡桃からぐりぐり攻撃を受けることになったのだが、その程度で済ませてもらえたのはありがたい。でも、軽すぎるのではと思っていた。
「こうでもしないと、玄が納得しないでしょ? あたしら神子は、玄のことは信頼してるんだから」
玄弥が気に病んでいたことを胡桃は分かっていた。玄弥は照れくさそうに胡桃にはたかれた頭の前髪をひっぱり、ちょっと笑った。
***
雅子が部屋に入った時、朱里は2人の子どもの神子と一緒にいた。
外神殿とはいえ、昔のような和式の部屋にしている神子は少ない。この部屋も普通の子ども部屋のように、ベッドと机のある部屋だった。フローリングの床にクッションをいくつか置いて、朱里を囲むように談笑する子ども達は、衣服も外の子どもたちと変わらぬ服装で、神子などと言われなければ分からない普通の子に見えた。
出会い頭に攻撃的だった朱里を警戒して、昨晩は眠りの神子が眠らせておいた。だが一晩明けて、事違え様をはじめ女性神子たちが話をすると、憑き物が落ちたかのように朱里は普通の反応をする女の子だった。そして、緑山地区にいる母親を心配もしていた。
「朱里。……よかった。元気そうで」
雅子がホッとした顔でそう言うと、朱里も嬉しそうに笑った。
「お母さん、あのね……ここだとみんな優しいんだよ。からかう男の子なんていないから落ち着く」
「そう……。お母さんね、朱里の方がもっとつらいんだって、ある人から教えてもらわなきゃ気付かなかったの。……ごめんね」
朱里はぽかんと口を開け、母の顔を見た。いつも顔を合わせれば朱里の起こしたトラブルのことで小言ばかり。その母が穏やかに話し、しかも自分に謝るなど見たことがなかった。
「どうしたの? お母さん。なんか……いつもと違う」
「そ……そう? ……今日ね、なんだか少し気分が軽いの」
朱里から見ても雅子は顔色が良いと感じた。なんとなく、母に元気が出ているようで朱里は嬉しい。
「あ、そうだ朱里ちゃん。お母さんと会ったら、先見様と事違え様のところに2人で来てって」
朱里と仲良く話をしていた神子の1人、猪俣 蒼依が思い出したように言った。
「えっ? それ誰? ……怖い人?」
急に言われた朱里が警戒する。
「ちがうちがう。私たち神子をまとめてる人たちなの。力の強い神子様たちなんだけど、やさしいよ」
一緒にいたもう1人、日辻 みやびが落ち着かせるように言う。
「朝、事違え様には会ってるよ。白い髪のきれいな人、覚えてるでしょ? 先見様はその旦那さんで、ここで一番神力の強い人だよ。でも、面白い人」
蒼依も朱里が安心できるように、神子の代表の2人のことを教えた。
「では、私たちをお待ちですね。朱里、一緒に行きましょう。……みなさん、朱里のことありがとう」
雅子は朱里の話し相手になってくれた蒼依とみやびに礼を言うと、2人も朱里と一緒に立ち上がる。
「いえいえ。楽しかったし。あと、集会室まで一緒に行きます」
「ちょうど私たち、みんなのところに行くとこだったので」
2人の神子は自然に鏡親子を案内していた。すぐ、集会室にたどり着く。
「ようこそ鏡さん。夢先の杜に。私が一応ここのまとめ役、「先見」です。俗世の名はあえて名乗っていませんのでこのままで」
「朱里さんを一日預かってしまって申し訳ありません。ご心配でしたでしょ。私は女の神子のまとめ役、「事違え」。私も俗世の名はもう使っておりませんの」
先見様と事違え様は、穏やかに微笑みながら雅子と朱里に話しかけた。その様子にほっとしたように緊張を解いて、雅子と朱里も挨拶を返していた。そしてほぼ全員、集会室に神子たちは集まっていて、皆穏やかな顔で座っていた。




