14.ご都合よく歪むは人の視線か(5)
「玄弥……お前やっぱり」
「いいえ。……単なる「夢先杜チート」です。俺は穢れや人外が見えるだけ。これはふみを通して神子様が力を貸してくれているだけです。神子じゃありません」
玄弥はとっさに否定した。今さら自分が神子だと言われるのも癪だ。5歳で存在を全否定した長老会と、誰が和解したいと思うのか。自分は外で普通の人で生きる。そのためだったら、いくらでもごまかし、嘘もつく。
「わかった……そういうことにしておく。朝也さんに訊かれたら「夢先杜チート」の一種だと言うから」
玄弥の立場はとても複雑だ。潮はまだ10代の玄弥が、複雑怪奇な世の中を渡らなければならない状態にため息が出た。
そこに、廊下を歩いて来る音がした。長老会長のお出ましだ。
「そろそろかと思ったんだが……羽鳥、何があった?」
目の前には意識を失くした、不健康にやせた中年女性と、なんとなく光る白い小さなきつね。見るからに普通じゃなかった。
「我々が部屋に入った時、この女性はいきなり土下座をして謝罪してきました。それから……」
潮はその先の説明に詰まった。そこで、玄弥が代わりに話し始める。
「あの……これは他で言わないで欲しいんですけど。俺、穢れや人外が見えるんです。それで、この人の背中に黒い塊が乗ってるのが見えて、それがこの人を苦しめてるように見えました。だから、ふみを通して神子様に力を貸していただきました」
朝也は、玄弥の肩に乗っている見慣れた猫をじろっと見た。ふみは目をそらして横を向き、ふわぁと大きなあくびをしている。
「この……猫が?」
朝也はじいっと疑り深そうな目でふみを見ている。どう見てもただの猫。
「この猫は紅葉の飼い猫です。彼女の「遠見」の力で今も、ふみを通して外神殿の神子様方はこちらが見えるらしいです。それで、「祓いの神子」様が黒い塊を祓って、中から出て来たのがそこに倒れている白いきつね」
見るからに普通じゃないきつねだった。大きさからして小さすぎる。子うさぎ程度しかない。さらに体が光っている。何やら神様の使いみたいだ。
「仕方がない。彼女が目を覚まさないと事情が分からないからな。目覚めるのを待って話しをしよう」
朝也が結論を出し、しばらく女性は部屋に備え付けの布団に横たえ、目覚めるのを待った。
***
「本当にご面倒をおかけいたしまして、申し訳ございません」
女性が目覚めたのは小一時間後。ちょうど実際に面談をする予定の時間だった。彼女はさっきよりも憑き物が落ちたように落ち着いていた。そして、先に気が付いた小さな白いきつねは、意識を取り戻したとたん、女性の中に隠れた。その存在を彼女は知らない様子だった。
「私は集落の警護を担当している者の代表で、羽鳥といいます。そしてこちらの年配の者が長老会長の日辻。それと今回、お嬢さんを保護する時にその場にいて、その他のことも説明できる者として、門馬君が来ています」
朝也と玄弥がそれぞれ紹介と同時に会釈をし、女性も会釈を返した。
「私は、緑ヶ丘の上春地区に住む、鏡 雅子と申します。あの子の名前は鏡 朱里です」
「あの子はどうやら「幻覚」を見せる力を持っているようだが、お母さんはご存じでしたか?」
潮が話しを振る。
「はい……あの……、周囲の人には変な子だと思われていますが、あの子の力は神様からの授かりものです。すでに神社は廃れてしまいましたが、我が家は氏子の中でも神職を務めていたので、そういう子どもが出ると先代から聞いていました」
「なるほどね……。玄弥、説明しろ」
朝也の態度がとても偉そうなので、若干気分が悪くなった玄弥だったが、そ知らぬふりで説明を引き継いだ。
「鏡さん。私は夢先神社と集落の成り立ちを現在調べています。残されている記録で、緑山神社は夢先神社の分社であったという記述がありました」
その部分をコピーしたものを座卓に出し、指し示す。それは江戸時代にまとめられた縁起で、その元帳はもっと古い時代だ。
「分社したのはかなり古い時代らしくて、まだそこまで解読が進んでいませんが、緑山神社が権現信仰に変わったのは、鎌倉時代頃だったとこの資料にはあります。おそらく、観音様を信じる仏教徒が周囲に増えたからではないでしょうか」
「それがどうして、廃社になったりするんだ? それなりに信仰を集めていただろうに」
そう言ったのは朝也だ。確かに信仰が続くなら、民心が離れることもない。
「おそらくですが、神が純粋な神ではなく仏の神格化だと言われだしたからかと。それによって神子よりも僧侶に代表が移ったようです。そうなると神子は粗末に扱われるでしょう。そして……、明治の「廃仏毀釈運動」がありました。神と仏を一緒くたに祀るのはけしからんと言われれば、よく分からない村人は神社に寄り付かなくなりますね」