14.ご都合よく歪むは人の視線か(3)
その後、翔の我が儘で愛の描き起こすキャラクターが増えて行ったり、市役所に交渉して借りられるはずの市のジオラマが、なぜか交渉が難航したりと、困ることが湧いて出たが、玄弥たち1年生と愛はがんばってやり切った。
そして各クラスの出し物も、玄弥たち1年3組は「地元野菜を使ったお菓子を出すメイド喫茶」に決まった。秋葉原で話題になっているメイド喫茶をやりたい、という要望にどう「地元」を絡めるかが悩みどころだったが、家庭科部員の女子がいたことで、地元の野菜をお菓子に練り込むアイディアが出たのだ。玄弥は炎樹の言っていた「不自由に立ち向かう反発心」が、こういう成果を生むのかと感心していた。
こうして、文化祭の準備は着々と進んで行った。そして、アンケート調査で出会った不審者についても、十二家による調査は進んでいた。
***
時は少し戻って、玄弥たちが緑ヶ丘でアンケート調査をした日の夜。
外神殿の個室。空き部屋だったその部屋のベッドに、緑ヶ丘から連れて来られた少女は寝かされていた。どう見ても10歳ぐらいにしか見えない子ども。
別に玄弥の攻撃のせいで目覚めないわけではない。神子の中に「眠りの神子」がいるためだ。少女がどういう理由で紅葉たちを襲ったのか、それが分からなければ意識を戻すのが危険だからだった。
「こんばんは。隠れ神子が来ましたよっと」
夕飯後、夜陰に乗じて玄弥は外神殿を訪れた。戸を開けたのは胡桃だった。
「なーにが隠れ神子だっての。さ、入った入った」
何気にぞんざいに扱われ、玄弥は中に引き入れられた。どうやら事情聴取らしい。
「あーやっと来た。私ばっか話し訊かれて、疲れた~」
紅葉が疲労困憊した顔で言う。そばにいた先見様と事違え様が、お疲れ様と紅葉を解放した。
「さて、それで玄弥。あの子どうやってつかまえたのか、訊いていいかい?」
先見様がにんまりと笑って玄弥に訊いてくる。あ、これはまずいなと思うが、玄弥は多分逃げられない。
「えーとですね……木の上から殺気のような強い視線を向けていたのは、きつねだったので~」
「うん、それで?」
「すぐ仕留めないと使役者に回収されるとおもったから~、穢れの槍で一撃で~」
「……一撃で」
「そしたらまあ、落ちて来たきつねは急に子どもになっちゃうし。慌てたのはこっちです」
玄弥は「自分は悪くない」という顔で、しれッと言った。実際、あそこまで見事な幻術を使う者がいるとは、誰も想像がつかない。
「まあそれはそうだな」
先見様があっさり認めた。
「そうですね。幻術がとても見事なのでしょう。まだ見れば10歳ぐらいの小さい子が、先輩神子の指導もない状態で、よく練習されていますね」
事違え様も例の襲撃者を褒めた。
「いやいや、褒めてどうされるんですか。彼女、紅葉や俺に敵意を向けて来たんですよ。どういう意図があったのか、関係者を見つけて問いたださないと後々困るんでしょ?」
玄弥が正論を吐くと、まあまあとなだめるかのように2人にこにこと玄弥を見ている。なにを言っても無駄の様子に、玄弥は毒気を抜かれてため息をついた。
「それで……長老会や守長と、話しはされてるんですか? 多分外との交渉だと、神子が自ら出るわけにはいかないでしょう?」
「さすが、修練生もやってる玄弥は良くお分かりだね。さっき潮さんがいらしたよ。あの子の母親を見つけたから、明日の夕方村の方で話しをするって」
「成鳥の皆さんは仕事が早いですね。でも……面会場所ってどうするんですか? 村の側だと集落の事情を知ってる店とかなさそうですけど」
先見様の言葉に少し安心しながらも、神子が付いていけない村での面会と聞き、どういう体制で会うのか玄弥は気になった。そんな玄弥を見て、先見様と事違え様は2人視線を交わし、意味深な顔をしてこう言った。
「それでね、玄弥。修練生でもある君が、襲撃を受けたうちの1人だから同席してほしいんだよね~」
先見様がのほほんと言ってきた。
「いやそれマズいでしょ。俺、長老会には神子じゃないことになってるんだし、外神殿の資料整理だって日辻のじいさんに目ぇつけられてて、ギリギリセーフだってのに。今回、その資料のおかげであの廃社がうちの分社って分かってたから、こっちも対処できただけで」
「ほらそれそれ。潮さんと話したんだけど、全体を見通して話しをできそうなの、玄弥だけなんだ」
玄弥が困ることをつらつらと述べると、その話しの落としどころを決めるにも、状況が分かる大人で、外に出られる神子がいないという実態を先見様に言われた形になった。
「ねえ、先見様。それって規則まげて普通に大人の神子に行ってもらうのダメなわけ?」
目立ちたくない玄弥はごねる。
「玄弥。私たちは護衛してくれる皆さんのことを理解できる者はいないのよ。それに、村の資料に精通してる人はいないし。神子の神力持ちで護衛と同じ動きができて村の資料の中身が分かる。そういう人をこれから作るのは無理なのよ。……わかりますね?」
事違え様が、分かっていながら渋っていた玄弥に、こんこんと言い聞かせるように言って逃げ道をふさいできた。玄弥もそうするしかないのは分かり切っていた。
「……あ~あー。……とりあえず、言い訳はそちらで作っといてください。俺は今さら神殿住まいは無理ですからね」
玄弥は盛大なため息をついて受け入れた。
「悪いね~玄弥。やはり今の集落の体勢には、そろそろ無理があるんだろうな」
先見様には「先を見通す」能力があると言われる。だが、彼は最近必要最低限の結果しか長老会に教えていない。このこともきっと、彼にはもともと見えていた事件なのだ。そしてこのことを玄弥に任せるしかないことに、負い目を感じている。
「お前様。これは誰のせいでもないですよ。「先が見えるから」、「簡単なことなら結果を変えられるから」といって、私たちは万能じゃありません」
事違え様が先見様をなだめるように話しをした。玄弥はその様子を、いい夫婦だ微笑ましいと感じていた。
玄弥の父 時人と母 弥生は、自分が生まれた後ずっと不仲な時期があった。今は何もなかったかのように普通の夫婦で生活をしているが、本心はどうなのだろうか。撫子が大人になるまでは我慢しているのかとか、何かでいつ崩れるか分からない不安を感じるのは、自分が親を信じ切れていないからなのだろう。などと玄弥は、仲の良い2人を見ながらそう思った。
***