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14.ご都合よく歪むは人の視線か(2)

「あの。北野(きたの)先輩。明日お時間ありますか? 俺たちお願いしたいことがありまして」


 玄弥(げんや)(あい)に声をかける。このままだと誤解を招きそうなので、桃香(ももか)秋金(あきかね)の腕をぐいと引っ張って、玄弥の近くへ寄って行った。さっきの(かける)と愛の会話を聞いて、何かを思いついた玄弥が、その思い付きで交渉に行ったのだと思ったからだ。そしてそれは当たっていた。


「え~? 私? そうねぇ……まあ昼休みにでも話すならね。明日は夕方バイトだから」


「ええ、それでお願いします、愛先輩。私ら3人とお昼食べましょ~」


 桃香が愛想のいいことを言ってくれる。すると横から話しかけてくる人がいる。さっきまで愛と一緒に行動していた翔だった。


「じゃあ生徒会の打ち合わせ室使いなよ。この企画のことなら他で聞かれたら困るでしょ?」


「え? いいんですか?」


「いいよ、いいよ~。邪魔が入らないように俺見張ってるし~」


 翔はなにやら不穏なことを言い出す。それを聞いていた炎樹(えんじゅ)がため息をつきながら、ひらひらと手を振って許可を出す。それを見て取った翔はにっこり笑った。


「じゃあ明日、お昼休みに4人来てね。用意しておくよ~」


 調子のよい翔はそう言うと、同じ方面に帰る真由美(まゆみ)星羅(せいら)を誘って帰って行った。炎樹の話しにあったように大輔(だいすけ)は予備校へ。愛は帰宅する母と待ち合わせているとかで、商店街に入って行った。


 ***


 残った集落組はバス乗り場へと移動する。その中で紅葉(もみじ)は炎樹の上着の端を引っ張り、こっそり話しかけた。


「あの高橋(たかはし)とかいう副会長、玄弥を目の敵にしてるわね。やりかたが集落の連中より幼稚だけど」


「ああ気が付いたか」


 察しの良い紅葉に、だからこいつの聡いところがいいんだよなと、脳内に花まき散らして炎樹は喜ぶ。会話を漏れ聞いた後の3人は、またこれ炎樹が紅葉スキスキパターンじゃんと放置を決めた。


「多分俺が1年生に仕事をまかせっきりだから、俺が無責任だと言いたいんだろうな」


「あら、そんな簡単なものじゃないように見えるけど? あれは嫉妬ね」


「えー? 俺別に玄弥が好きでも何でもないぞ」


「いや、どういう発想よ。……そうじゃなくて、自分の方が優秀だから自分にその仕事をさせて欲しいとか、そういう願望!」


「なんだそれ?」


 どうやら炎樹は、大輔に副会長として色々仕事を振っているから、特に気に留めていなかったようだ。


「やっぱさー、炎樹先輩は他の人が努力しないとできないところに最初からいるから、努力家の承認欲求とか分かんないかもなぁ」


 さっき桃香に買ってもらったたい焼きを食いつつ、努力はしなくもないが、人並みな秋金がつぶやく。その他人事な言い方に、たい焼きのしっぽを奪った桃香がつっこむ。


「秋金~。高橋副会長にあんたの同情してんの聞かれたら、逆にキレられそうだけど?」


「まあねぇ。俺なんか玄弥と同レベルになろうとも思わないからさぁ、客観的に見られるというものさ~。それなりに高橋先輩が優秀だから、マウント取りたくなるんじゃん」


「なんか……秋金がまともなこと言ってる~。雪でも降る?」


「……失礼な。俺だって高校生なんだから、それなりに考えるぞ」


「こらこら夫婦(めおと)漫才(まんざい)やってないで、バスくるぞ」


 玄弥が2人を現実に戻す。夫婦漫才ってなんだよと秋金と桃香は思いはしたが、おとなしくバスに乗る。


 いつも通り、終点近くまで乗る彼らはバスの奥の方へ席を取った。仕事に出ている集落民が右奥の2席を使っていたので、彼らは左側。ひとつ前の2人席に秋金と桃香が座り、奥の窓際が紅葉。隣りは当たり前のように炎樹、その隣に玄弥が座った。


 すっかり日が落ちたターミナルからバスが走り出す。バス内部の明かりが灯り、外の景色が薄暗く見える中、学生や通勤帰りの客が停留所に止まる度に乗り降りする。やがて郊外に出て行くと、ほぼ降りる客ばかりになりバス内部は落ち着いてきた。


「なあ、玄弥。高橋くんが妨害して来ることがまたあるかもしれないが、作業続けてくれないか」


 さっきまでだんまりを決め込んでいた炎樹が、玄弥に訊ねた。


「そりゃ当たり前です。請け負ったんですから最後までやりますよ。……というより、面白いから出来上がりを見たいんです」


 単なる責任感だけなら玄弥はやめていただろうし、炎樹も計画から降りることを薦めただろう。だが、炎樹は玄弥が「面白いから」と言ったことで、この後も任せるつもりになった。


「その意気だね。俺は期待しているよ。当日もクラスの出し物の参加の合間に、顔出してくれ」


「まあ、そのぐらいでしたら。……目を惹くように工夫するつもりなので、先輩たちの人気も上がるんじゃないですかね」


 玄弥はさっき思いついた演出を考えて、にやにやが止まらない。その表情に紅葉がつっこみを入れる。


「なーに、その残念な顔」


「残念ってなんだよ。元からこういう顔だよっ」


「こらこら。俺をはさんで喧嘩しないの。紅葉も文化祭来るんならおとなしくしてくれないと、外神殿から出られないぞ」


「やばいやばい! 外出禁止令が出る」


 紅葉が炎樹の言葉におどけて答える。すぐに炎樹と2人で話し始めて、玄弥は蚊帳(かや)(そと)。まあいつものことだった。明日うまく愛をこっちの企画に引っ張り込まなくては。たぶん彼女のノリなら大丈夫だろう。玄弥は展示の完成形を思うと楽しくて仕方がなかった。


 ***


 お昼休みの生徒会打ち合わせ室。


「いいね~。それ楽しそうじゃん」


 イラストの腕を買って交渉を持ち掛けた愛ではなく、打ち合わせ室を使う条件で関係者として来ていた翔が、なぜかノリノリだった。


「あのねぇ翔くん。私まだやるって言ってないんだけど?」


 その様子に困惑して愛が文句を言う。この調子だと、もうやるものだと思われていそうだからだ。


「でも、愛先輩ならいいもの作ってくれそうだから。絶対これがあれば、いろんな人が見に来てくれそうだし」


 玄弥が説得を試みる。


「私らも今はっきりアイディアを聞いたけど、これ面白そうだよ。やりましょうよ先輩」


「生徒会の展示なんて「お堅い」とか言って避けられちゃうでしょ? 外見からでも興味持ってもらえるのっていいと思う」


 桃香と秋金がさらに言うと、愛はオーバーサイズのカーディガンの萌え袖からちょこっと出た手を照れたように振り、視線をさまよわせる。


「いや~だって、私の絵なんて素人だよ? もっと上手な子がいるはずだし~」


 愛は自己流のイラストだから、自信が持てないでいるのだ。そこに翔が説得を始めた。


「ちがうよそれ。愛ちゃんさ、ちゃんと描くキャラに愛情あるじゃん。僕は愛ちゃんのイラスト、あげる人に寄り添ってて好きだよ。それに全く無関係じゃないでしょ? ちゃんとアンケート調査に参加したし」


「それです。今から無関係の美術部や漫研の人を呼ぶんじゃ、上手なだけで上滑りですよ。愛先輩は最初から参加してる。生徒会長や他の役員さんのことも分かってるから、きっと出来上がりが違います」


 玄弥も畳みかけるように愛にお願いした。自信がないからなどという理由で、簡単に諦めてほしくなかった。彼女にはあの、美麗(みれい)のパシリだった件でペナルティがある。だからといって、挽回する機会があるならチャンスを掴んでほしい。幼児の時点で外れくじを引いていた玄弥は、愛にも先の道に選択肢があっていいと思った。


「えー……と。……失敗しても怒らない?」


 愛は、両親が離婚した家庭で育っていた。母はいつも心に余裕があまりなく、愛はよく「叱られる」というより「怒られる」ことばかりで、根本で自信があまりない。明るく人当たりが良いのは、傷つきたくない裏返しだった。


「大丈夫。僕は愛ちゃんが展示のイラストやってくれるだけで嬉しいし。みんなもそうだろ?」


 翔が1年生3人を見回す。全員頷く。もちろん3人とも同じ気持ちだ。いや、同じではないか。翔は下心があるな、と桃香は思うけれど言わないだけのブレーキは持っていた。


「う……じゃあ、やります。それで……、どんなものを飾ればいいの?」


 開き直ったのか吹っ切れた顔をした愛は、真面目に玄弥に訊いた。


「では、今回の展示のコンセプトから……」


 玄弥は仕上がりを期待し内心ワクワクしながら、そ知らぬふりをして説明を始めた。その様子をまた、幼馴染2人は一緒にいたずらを楽しむような顔をして、期待しながら見ている。翔はというと、真面目な顔をした愛も気になるのか、目をキラキラとさせながら様子を見守っていた。


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