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13.都合の悪いことはいつも隠されるものです(5)

「行ったぞ、カットだ」


「パス回せ回せ~!」


 広場に常設されているバスケットコートで、高学年の男児たちが走り回っている。そこに加わっているのは玄弥(げんや)。当たり前のように混ぜてと言って入って行き、元気に走り回っている。ただ遊んでいるのではない。懐柔策なのだが、それでもずいぶんと楽しそうだ。


「なにあれ、羨ましい」


 紅葉(もみじ)が面白くなさそうに言うと、


「そんなこと言ってないで、2人ともメモ用意ね」


 炎樹(えんじゅ)がそんなことを言う。そして炎樹は、周囲で観戦していた女子の方に話しかける。


「みんないつもここで見てるの?」


 炎樹はあっという間に小学生女子に囲まれていた。そして、アンケートの設問をうまく混ぜ込んで話を進める。


「私、こっちをまとめるから、鈴木(すずき)先輩は男の子たちの言葉を拾ってください」


 紅葉は炎樹のやりたいことを察して、星羅(せいら)に玄弥の聞き取った内容をまとめてもらうことにした。紅葉の言葉に星羅も何をするか分かったようだ。休憩して男子たちと話し始めた玄弥の近くで、彼らが答える内容をメモし始めた。


 子どもにアンケートなんて紙を渡そうものなら、よほど分かっている子でなければ書きもしないで放り出す。だから、遊びの延長で訊いてしまおうというのだ。この方法を言い出したのは炎樹で、さっきの公園で玄弥が苦情を言った後に、炎樹が提案した。玄弥は「達也(たつや)」でいなくてよい時間がもらえるし、それなりに理にかなっていそうだから試した。結局かなりうまい具合に進んで、10人分の子どもの声は集まった。


 そんな具合に、肩ひじ張ったアンケート用紙を使わず、この方が他の年代でも行けるんじゃないか。そう全員が何となく気付いた。そこからは、町の別の場所へ行っても世間話から入り、色々な年代の男女から話が聞けた。


「まぁ。きれいなお兄さんたちだね~。女の子たちも美人さんじゃないの」


「ああ、眼福だよ~。じいさんばあさんばっかり眺めとるからねぇ。たまにはこういうご褒美が欲しいよ」


 庭先で世間話をしていた老婦人2人に話しかけると、社交辞令が返ってくる。彼女たちはお世辞を言っているというより本心なのだが、受け取る側はまあよくあるお世辞と思っていた。ここに来る前に数か所でアンケートに協力をしてもらっているのだが、どこでも似たようなやり取りが付いて来る。


「ではずっとこの辺りにお住まいなんですね? それならこの辺りのことは、おばさまに訊けば全部わかりそう」


 星羅が率先して話しを進めている。父の仕事柄応援者の女性たちとも良く話すので、年上の女性と話すのは慣れているのだ。時折話しやすいように雑談を交え、ただ脱線しすぎないように軌道修正して話しをしてもらうのは、なかなかすごい技術だった。


「いやいや私なんざまだ小娘だよ。はす向かいのよし子さんの方が、私より古い話しを知ってるよ」


 これぞザ・謙遜というお言葉がおばちゃんから出る。まあまあ、あははとそこにいるみんなで笑う。そんなことだが和やかな会話には必要な手順みたいなもの。いろんな年代の男女がその家の庭先に集まってきて、すぐにこれまでの分と合わせて40人分のアンケートは完成してしまった。


「どこからこんなに人集まったの?」


 紅葉が呆れたように言う。


「何言ってるんだ? 紅葉もその客寄せなのに」


 こっそり中身の玄弥に戻り紅葉にそう言うと、外面「達也」に戻った彼は笑顔で炎樹に話しかけた。


「名残惜しいですが先輩、他にもう1か所寄るところがありますから」


「そうか。じゃあ皆さん、ご協力ありがとうございました。これでいい展示ができそうです」


「おお。そりゃよかった。がんばれよ~」


 町内会の自称重鎮だというじいさんが言うと、皆が口々に励ましやらお礼やら言ってお年寄りたちと別れた。


 ***


「それで? ここが玄弥が来たかった場所なの?」


 それは、「緑山地区」の鎮守の杜だった所。()()()というのは、鳥居や建物はあるが、全く人の気配がない廃墟なのだ。建物はあちこち板がはがれたり、苔が付着している。最近は誰も訪れていない様子だった。


「この地区のお年寄りもほとんど覚えていないようですが、ここにこの地区が特別だった名残りがあるんです」


 そこが鎮守の杜だからだろうか。玄弥の様子は「達也」から玄弥に戻ったように見えた。そばにいた星羅は、「達也」としてしか接したことがないので、驚いた様子だったが黙って見ていた。


「……なるほど。神力(しんりき)の流れがかすかにある」


 紅葉の雰囲気もがらりと変わった。神子(みこ)の仕事の顔になったためで、その姿は炎樹もほとんど見たことがない。夢先(ゆめさき)神社での祭事がある時以外、表仕事の集落民は神子と接する機会がないのだ。


「いったいどこからそんな情報が」


「炎樹先輩。古の時代に書かれ、図書館に並ぶ歴史本は、勝った人が書かせたものですよ。あとは不都合を隠したい有力者が残すもの。そうじゃない話はマイナーなものを読むしかないんです」


「あ……集落の」


「そうです。元々はここ、夢先神社の分社(ぶんしゃ)だった場所でした。その後仏教の教えを受けたこの集落は、神の中でも仏教寄りの「権現(ごんげん)様」だとして祀ったそうです。その頃には神子も生まれなくなっていたみたいでね」


「何で生まれなくなったのかしら?」


 紅葉が不思議そうに独り言を言う。


「そりゃ~外部の宗教とコラボったからとか? そこは俺管轄外」


 自分に訊かれても困ると玄弥は濁す。そして炎樹が玄弥に訊ねる。


「神子が生まれないとしても、そう簡単に神社ってなくなるのか?」


「そこは……廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)運動のせいかな。ここは神を「権現様」という神の姿をして現れた仏様だと言っていた。つまり、神社なのに仏様を祀っていて変だ、と言われたら、いややっぱり神ですとか言えないでしょ?」


 集落の中に当たり前に神社があって、まだ信仰が残る場所に生きる3人には、なんとも残念な場所に見えた。そばで星羅は見ていたが、3人ほど重要なことだと思っていなかった。そして完全に部外者だった。


「そういうわけで、この地域を守る神は寄り付かなくなるし、結束が固かった村がいつのまにか川向こうより弱体化したのは、これも影響の1つだと思うね」


「なるほどなぁ。だから「この地域のお祭りはあるのか」って質問があったのか」


「さすが炎樹先輩。設問を読み込んでましたね」


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