01.望まれなかった覚醒(3)
「玄弥……たぶん、あなたは外神殿には入らないと思うよ。長老会に新しい者を認める意識がない」
事違え様が残念そうに玄弥に言う。その言葉に、玄弥も残念そうな顔をした。
「まったく……あいつらは我々や夢先様をどうとでもできると思っているな」
先見様がため息をつく。彼は新しい変化があると予見はしたが、玄弥が自分たちと暮らすイメージは受け取らなかったのだ。そこからの判断だった。事違え様がその神力の名の通り玄弥を外神殿へ住まわせる方向へ運を呼ぼうとしたが、それはどうやらできない事と夢先様に止められてしまったらしい。
「玄弥。どこで育とうと神子は神子に変わりない。だから思うように生きなさい。たぶんそれが夢先様の示されたことだから」
眞白が玄弥を慰めるように言った。玄弥は眞白を信頼している。彼女の言葉を静かに聞いて言った。
「じゃあ、誰にも言わない方がいいの?」
「いや、玄弥が信じている人には言いなさい。葦人にはね。あと、……時人と弥生には伝えるだけはしなさい。長老会に申告しないかもしれないけど、親なのだから」
眞白は、その先を考えると頭が痛いと思った。待ち望んだ門馬家の神子だが、彼らがそれを受け止められるか疑問だ。眞白は表情に出してはいなかったが玄弥は分かったようで、眞白の方を悲し気に気遣うように見ていた。
「わかった。……眞白おばあちゃんありがとう」
「私は玄弥の味方だよ。困ったらいつでも言ってね」
眞白が玄弥に言う。周囲の神子たちも頷いて優しそうな笑みを浮かべていた。
「玄弥の神力はまだ何ができるか我々にも見抜けません。これから変化があるだろうから、困ったら外神殿を頼りなさい。誰かが道しるべになれるでしょう」
事違え様がこれからのことを玄弥に伝えた。
「さあ、今宵は現身に戻ろう。玄弥、神子は新しい神子が覚醒すると十六夜に夢で呼ばれる。また会うことがあるだろう。十六夜はちゃんと寝るんだよ、夜更かししないようにね。さあ、……目をつむりなさい」
先見様が玄弥に伝えると、皆が静かに内神殿から消えていく。玄弥もその場で目をつむると、深い眠りに入って行った。
***
子ども部屋に朝日が差し込み、カーテンの外が明るくなってくる。光に敏感な玄弥は早々に目を覚ました。老舗旅館の建物の奥なので、住まいの部屋は和室が多い。子ども部屋も畳の部屋で2人布団を並べて寝ている。
外はもっと早くに目覚めたスズメなどの鳥たちが鳴きかわし、すでに朝の仕事に出ている人のものか、生活の音がする。昨晩の夢のこともあって、起き上がって布団に座った玄弥は、葦人が目を覚ますのを待ちながらどう切り出そうかと迷っていた。
「ん……あ。おはよう、もう起きたんだ」
目を覚ました葦人が玄弥に話しかけた。その言葉にびくっとしながら玄弥もおはようと返したが、葦人にはいつもと様子が違うことに気付かれていた。密偵の修練のおかげというより、昔から来客を見定める門番の仕事の門馬家ならではか、葦人は人の機微に敏い。
「玄弥……なんかあった? 怖い夢見たの?」
「ちがうんだ……ちがうんだけど……」
覚醒のなかった葦人に玄弥は言いづらく俯いた。そして迷いに迷って、葦人の顔を見ると言った。
「兄ちゃん。……僕ね、満月の日に空から神社に下りる夢を見たんだ……」
葦人の心の中にちょっとだけ玄弥がうらやましいと思う心が頭をもたげた。だが、それ以上に弟の我慢が報われたと思った喜びが勝った。
「や……ったじゃん! 玄弥はやっぱり普通の子よりすごかったんだよ」
「すごくはない、とおもうけど」
「いや、十分すごいって。おめでとう。やっぱ眞白ばあちゃんが正しかったんだな~」
葦人が玄弥にぎゅっと抱き付いて、喜び弾んだ声で誉める。それだけで玄弥は嬉しかった。ただ、その先を迷っていた。
「兄ちゃん。父さんたちに言った方がいい?」
葦人もあっと気が付き、考え出す。が、逡巡するもすぐに玄弥に返事をした。
「やっぱ、言った方がいいと思う。親だからさ、一応は」
葦人も何となく、時人が玄弥の覚醒を受け入れられないかもしれないと思っていた。玄弥の顔立ちは色味こそ違うが鼻筋が通って細面の父の時人と、曽祖父の陽一にそっくりだ。そして眉は充人の太くてまっすぐな眉と形が似ている。それは以前眞白が言った通りなのだが、ここまで門馬の顔つきなのに、未だに弥生との間にわだかまりがあるらしい。
ただ、髪と瞳が墨を溶かしたように黒い。それが日本の一般人の色だからこそ、門馬家以外の血筋を疑う。
隣村の別館は事務仕事に祖父が参加しているから、女将の弥生はあまり重要な仕事というわけでもなく、仲居や女中の指示も祖母の桜子が健在だから、任せれば本館へ戻ることは簡単だ。それなのに弥生は理由をつけて戻らない日が多い。やはり最初に隣村での浮気を疑われてしまったことで、時人と和解ができていないのだろう。子ども達にも何となく親たちがぎくしゃくしているのは分かっていた。
「そうだね……眞白おばあちゃんにも言われたし、言わなきゃね」
「玄弥。おれ、一緒に言ってやるよ。これから朝ごはんだからちょうどいい」
時人に何か言われたらかばうつもりで、葦人は玄弥と連れ立って朝食があるダイニングへ行った。