13.都合の悪いことはいつも隠されるものです(2)
「それで何をさせたいわけ? 俺は別にこの辺の文化をそんなに知ってるわけじゃないよ」
「だから、生徒会が作る展示の情報収集を頼みたい。……集落の方で伝手があるんだろ?」
炎樹は調子のいいことを言ってくる。「伝手」などというが、そんな甘い相手ではない。先見様のおかげでお知り合いの民俗学の大学教授と連絡はついたが、やはり若輩者の高校生に資料の見方をレクチャーするなど、能力不足ではないかと難色を示されていた。つまり玄弥は信用されていない。
「伝手なんてないよ。集落の人のお知り合いっていう大学教授に連絡してみたけど、俺は胡散臭い高校生だからって、俺を通さず直接資料を見せろって言ってきた。単に自分の手柄が欲しいだけなんだよ、探求心じゃないんだ。あれはもう権力欲だね」
玄弥は教授という人の対応に心底怒りを感じていた。自分が探求したいテーマを見つけて、更にそれは自分のルーツを知ることなのに、途中から現れて自分の手柄にしたいなどと言われたら、いくら資料読みを教えてもらえるとしても信用などできない。
「それで~? 玄弥は諦めちゃうわけかい? そこはほら、すごい成果を出して見直させる、っていう選択肢はないのか?」
炎樹は負けず嫌いの玄弥が、このまま引き下がらないだろうと思っている。だからわざと焚きつけるような物言いをした。
「う……。もう勝手ですねぇ。俺が生徒会の仕事手伝うってのはどうかと思いますけど……。分かりましたっ。やりますよ。……ただ、誰か事情が分かってる助手は欲しいですけどね。1年生の俺が色々お願いしても嫌がるような相手じゃ困るし」
「そこは抜かりない。ちゃんと学内のフォロー役と外のフォロー役を選んだからね」
炎樹が「ほらいい先輩だろう?」というしたり顔で言ってくる。ちょっとムカついた玄弥だったが、まあそこは抑えてやろうと思う。
「それはそれは……。ありがとうございます?」
「なんで疑問形なの~?」
「そこはまあ、俺が納得しきれてないから。でも……引き受けたんですからやりますよ」
伊達眼鏡の奥から炎樹をじろっと見てニヤッと笑った玄弥。炎樹はこいつ、敵に回すと怖いと思った。玄弥はちょっと意地悪で炎樹を脅した振りだったのだが。でもこれ以上忙しいのもイヤだったので、あれこれ使われることが減ればいいとも思っていた。
***
「なるほどねぇ。事情が分かってて指示には従ってくれる学内関係者」
緑ヶ丘高校の図書準備室。司書は通いだから普段は不在のこの小部屋は、図書委員をやる玄弥にはおなじみで、普通の生徒は来たがらない部屋。だから作業に邪魔が入りにくいのは確かだ。そこに、炎樹と共に、今日は初めての打ち合わせで協力者が来ていた。
「だからなんで俺たち?」
「まあ、私らもバイトばっかで部活してないけどー」
秋金と桃香が、不平たらたらで炎樹に連れてこられていた。
「まあまあ。生徒会役員からも時間を決めて参加させるから。そこは会長権限で」
「ははは……。そういう青春もいいんじゃない?」
玄弥は乾いた笑いしか出ない。自分の交友関係の狭さに情けなくなる。一応、同学年に例の腹筋騒ぎで筋トレ友達は何人かできたが、はっきり言って資料集めに向いていると言えない。まあ銀河の同類の匂いがしたのだ。だからこの2人は、今のところベストな人選だった。
「じゃあ玄弥、桃香、秋金。「地元を知ろう」のテーマに沿った展示で、なにを調べて展示するかを決めてくれ。そこからまあ今月中に資料を集められるとありがたい」
そう言いおいて炎樹はさっさといなくなった。人に仕事を振るのだけはうまい。
「じゃあ……まずはどんなテーマならできそうか、書き出していこうか」
「うへぇ。やるの~?」
秋金は全くテンションが上がらないらしい。
「やるの! 当たり前でしょ? 鳥井先輩にはいつも私ら集落の子が、世話になってんだから」
桃香は鼻息荒く秋金を叱る。へえへえと秋金は了解し、何とか初めての意見交換になった。図書準備室はすぐ隣りの図書室に必要な本がある程度あって、うってつけの場所だった。中学でも図書委員をやった玄弥には、資料探しも苦にならない。秋金と桃香が玄弥の意見に遠慮なく突っ込みを入れられるので、その日のうちに方向性が決まったのはかなりいい滑り出しだった。
***
「やっほ~。学外の協力者さんだぞっ」
「なんで紅葉がここにいるのよっ」
「ごあいさつね~桃香。私、通信でしか高校生活送れてないのよ。少しぐらい高校生気分味わわせてよね」
今日は9月下旬、水曜日の放課後。学外の協力者になぜか、神子の制限で通信制高校に進学するしかなかった、紅葉がやってきた。
「玄弥がいれば私も外を出歩けるからさ~。少しは戦力になるでしょ?」
紅葉は在宅で勉強だから制服がないのだが、そこは流行の似非制服でそれらしく着こなしていた。
「ちゃんと戦力になってくれよ。「炎樹とお出かけ~」とか脳内でチラっと思ってそうだけど」
玄弥がそうくぎを刺すと、紅葉の目がちょっと泳いだ。
「あー! 紅葉、そういう不純な動機かよ」
秋金がげんなりした顔で文句を言った。その様子を見て桃香がくすくすと笑う。
「紅葉、先輩とうまく行ってんだね。学校違うから大変だけどさ」
「そう! この間までどっかのお嬢に言い寄られてたって聞いたからさ~、ちょっとやきもきしてた」
どっかのお嬢とは、大山 美麗のことだろう。そんなに心配しなくとも炎樹は紅葉にべた惚れなのだが。
「そっちはもう大丈夫だから。銀河の兄貴がうま~く手懐けてる」
別に隠すことではないので、玄弥は紅葉に情報を与えておいた。
「へ~。転校したって噂だったけど、富士見工業に行ったのか~」
桃香がなるほどという顔で言った。
「なあ、それって守秘義務ないの?」
秋金が不安そうに玄弥に訊く。
「別に~。学校に通ってるの見かけたら、誰でも分かる情報だろ? それで悪口言いふらすんでもなければ」
言われてみればそうなのだ。秋金は玄弥が裏の仕事に最近やたら関わるせいで、つい気を回し過ぎた。
「もー。紛らわしいんだよ」
「だから秋金が修練生から外れて良かったって、この間も言ったでしょ? こんなうっかりさんじゃ命いくつあっても足りそうにないじゃん」
桃香がまた秋金をからかう。最近やたらとじゃれあってるなと、玄弥は2人が付き合っちまえばいいのにと思っている。とはいっても、ここでいつまでもじゃれられては困るので、今日の調査の話題を振った。