13.都合の悪いことはいつも隠されるものです(1)
高校生活は季節ごとにイベントがやってくる。定期試験のことではない。本当のイベントの方だ。
夏休み明け、学生たちの話題は既に「文化祭」が取り沙汰されている。1年生は先輩たちが何をやったか情報を集めていたし、2年生は去年より楽しもうと、もう何やら画策している。3年生は最後だし受験が迫っているしで、自棄なのかお祭りしたくて仕方がないやつが駄々洩れている。
まあとにかく、イベントは楽しみたいやつが多いのだ。高校生は。
そんな中、玄弥は生徒会室に呼ばれていた。悪さをしたわけではない。急に炎樹に呼ばれただけ。
「先輩~。こういうとこに呼びつけるとか、目立つことしないで欲しいんですけど~」
高校での普段の擬態のまま、生徒会室に現れた玄弥が文句を言う。今は昼休み。他の役員たちは昼休みここを使わないので不在だった。生徒会室の会議テーブルにそれぞれ持ってきた弁当を広げながらの会話なので、緊張感などない。ちなみに炎樹の弁当は、紅葉が最近早起きして作っていると、玄弥は胡桃からこっそり聞いている。玄弥の弁当は色気もなく母弥生作。
「クラブ活動してなくて暇そうな知ってる1年生、お前ぐらいしか知らないからな~」
「だから俺、クラブ活動できないほど忙しいんですがっ」
「へ~。星羅嬢とデートする時間は作っても?」
炎樹はにや~と美貌の吸血鬼のような笑顔で言う。
「それ、仕事ですし。付き合ってるのは「達也」ですよ。もっさり眼鏡玄弥は関係ないです」
しっぽをつかんだと思っていた炎樹をあっさりかわす玄弥。本当は仕事の後もずるずる「達也」として付き合っているが、それは「十二家」の裏側にも見つからないよう、かなり慎重に隠している。子どもの頃から周囲の目を気にしていた玄弥には、普段から当たり前にしていた気遣いだが、まさに密偵にうってつけの性質だった。
「それはそうと、なんで呼びつけたんですか?」
「それはだね~。「文化祭」を単なる子どもの遊び場にしておかず、「文化の祭り」にしようとした、という実績を作る手駒が欲しいからさ」
「……なんでそう、めんどくさいことばっか考えるんですかね」
またこの人はしょうもないことをという顔をして、玄弥がぶーたれる。
炎樹は鳥井家の次男で家業を継げない。野菜農家の元締めのような家だから、別にそれを仕事にしたいわけではないが、特に何も努力をしない長男が腹立たしいだけなのだ。玄弥から見ても確かに炎樹の兄は、遊んでばかりでろくに勉強も仕事もしないやつだった。そして、遊びでやたらと金を使う。炎樹は「食い尽くされる前に自分に援助をもらってやる」と、有能さで実家に進学支援をさせたいわけなのだ。
「そりゃ、農業しか知らない親たちや親戚連中には、俺がやりたいことなんて道楽に見えるからさ」
玄弥は炎樹が、集落各家門の作る産物をもっと外に流通させて、過疎化が始まった集落に収益をもたらしたい、という夢を持っているのは聞いている。集落の裏の仕事と、隠れ住む生活で集落の古い住民は、「新しいこと」を受け入れない体質になってしまっていた。それを変えるのは大変なことだが、隣村を作った猿渡 梅太郎のように誰かがやる必要があるのかもしれない。
「それと……玄弥、お前がちゃんと大学に行く推薦がもらえる「成果」を作りたいからさ」
「え? 俺?」
炎樹は玄弥が驚くような理由を言ってきた。
「そう。お前さ~クラブ活動はしてないし、授業終わるとさっさと帰るし、だからって外部で成果の見える活動を見せるわけでもなし。授業は寝てるのに成績だけはいいから先生の印象は悪い……もちろん、生徒会に立候補する気はないだろ?」
外部で活動はしているが、それは「学生」として成果を誇れる仕事じゃない。授業で寝てしまうのも、裏の仕事で夜更かししたり、頭や気を使ったりで疲れが出るせいだ。やっと「隠れ腹筋もっさり黒メガネ」キャラで、実際の姿を隠せるようになったのだ。生徒会なんぞ立候補して学内で有名になったら、また苦労が増えてしまう。
「当たり前です。何のために「擬態」してると思ってるんですか? それに、ただでさえ集落の資料整理が進まないし、普段目立たなくなったからって修練生として仕事しろとか言われるし、勉強は成績下がると真面目にやれとか言われるから……ああ~もう!」
頭をガシガシとかき、玄弥の愚痴がだらだらと口から漏れ出る。
玄弥に年上の知り合いはいるが、誰にでも弱さが見せられるわけではない。一番の味方の兄葦人は、県外の大学に行きすぐ相談できる場所にいない。幼馴染の紅葉の彼氏でもある炎樹は、玄弥がやりたいことをまじめに聞いて肯定してくれたことがある。玄弥は無意識に炎樹を味方と認識していた。
「ふふふふふ。そこでだ! ありがたくも俺が生徒会の企画で使ってやろう、ということさ~」
「はあ? なにそれ……使ってやるとかさ~」
「まあまあまあ。聞いてくれっ」
すると炎樹は今までのノリを引っ込め、真面目に話をしだした。
「毎年この学校、文化祭は生徒会にテーマを決めさせてるんだ。去年の生徒会が付けたテーマは『祭りだ!』だった。まあ、誰から見てもあほなテーマだわな~」
「うわ~。もろに若者の願望って感じ~」
「そうだよ。受験を控えた連中が暴走した結果、文化祭とは名ばかりの暴れすぎた祭典になった」
「暴れすぎって何」
「場外乱闘を含む学生間のトラブルでけが人15人。許可してない食品を持ち込んだバカが1団体。下らねえ理由でつるし上げたやつの服を破って下が出ちゃったせいで、あわやわいせつ罪とか……もう……ひどすぎた」
「……聞くだけで萎えますな」
「そういうわけで。次の代になった俺たちに、学校側からはくれぐれも真面目な目標で、と釘がさされてる」
「う……それでなんで俺が関係するわけ?」
「それは俺が付けたいテーマに、お前が適任だからなんだ。……「地元を知ろう」だ。この辺りの生活とか昔の暮らし方とか、興味湧かないか?」
炎樹が言いくるめようと身を乗り出して来る。玄弥は巻き込まれるのはちょっと~と思いながらも、炎樹はどうやって生徒たちのやる気を削がずに、「文化的」にするのか手腕が気になった。
「テーマに合わせて~展示するものも、売り物も、劇など表現するものも、この学校か地域が関わってることが必要、ってことにする」
「なんかすんごい縛りだな……」
「そう思わせられたらいいのさ。高校生には何が必要だと思う? ……不自由に立ち向かう反発心さ。そこから工夫が生まれるし、どういうこじつけが出るか……面白いだろう?」
なるほど、と玄弥は思う。ビジネスを学ぼうとしている炎樹は、 本能的にだが周囲をその気にさせる企画がうまい。玄弥は自分も乗せられそうになっているなと思った。