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12.それぞれの夏休み(5)

 近くのコンビニで飲み物や軽食を買うと、2人は河川敷公園の外れのベンチを確保した。会場側はお偉いさんが来ての開会宣言やら挨拶やら、ぐだぐだと時間が過ぎているようだ。2人は買った飲み物と軽食を口にしながら、花火を待っていた。


「あっ、上がった!」


 最初は発射装置の慣らしなのか、1発ずつ会場周辺の何か所か、装置のある場所から上がってきた。そして少し時間を置くと今度は連発。スターマインという打ち上げ方で夜空いっぱいに光が広がる。


「あれ、ド〇えもんかしら? ……キ〇ィちゃんも!」


「最近工夫がすごいよね~」


 企画花火も凝ってきていて、開くとキャラクターになるものまである。ちょっと傾いで上がるとわけが分からなくなるのが、残念な作品だ。でも花火師の力作は、観客を沸かせていた。


 30分以上は眺めていただろうか。また、景気づけとばかりにスターマインが打ちあがる。


「きれいねぇ」


「……ああ、ホント、きれい」


 星羅(せいら)のつぶやきに、「達也(たつや)」もつぶやく。ふと右を見ると、躍動する花火の光に照らされた、星羅の横顔がひときわ美しく見えていた。気付けば、川風に流れる星羅のストレートヘアを「達也」は、右手の指で梳っている。その感触に気付き、星羅が「達也」を見上げる。星羅の目には何かに突き動かされたような「達也」の、普段より感情が見える顔が、そっと近づいて来るのが映った。


「星羅……」


 右手で星羅の髪を触りながら、左手で星羅のあごを支えると、「達也」の唇が星羅の唇を捉える。花火の破裂音と光に観客たちは夢中で、外れのベンチの2人には気も留めない。それをいいことに「達也」は、相性の良い星羅とのキスをゆっくり堪能する。気付けば星羅の腕も「達也」の背に回り、更にせがむように背をなでる。


「やべっ。……こんなとこで誰かに見られたら」


「ふふふ……そうね、優秀なエージェントさんが女子高生に夢中でキスしてるなんて」


「ホントだ。誰かに殺されそう」


 何とかそれ以上の欲求を抑えた「達也」が、食べ物の包装など袋に集めて立ち上がる。


「さ、最後まで花火見てると電車が混むから、そろそろ行こうか」


 「達也」は手を差し伸べ、手を取った星羅を立ち上がらせる。そのまま手をつないで駅へと向かった。「達也」は今回何とか留まった。だが、どこかで星羅の衣服の中まで暴きたい欲求に負けそうな予感もしていた。そう遠くない未来現実になってしまうのだが、それは先見(さきみ)様でもないので「達也」に分かるわけもなかった。


 ***


 隣市の駅前は、早めに花火大会が終わる前に帰ろうという人が、駅に向かって歩いていた。その中に夢先杜(ゆめさきもり)地区の住民、秋金(あきかね)桃香(ももか)もいた。今日は秋金が桃香を誘って花火を見に来ていた。もちろん、高校や集落の同学年の連中には内緒である。


 ただ、バイト先の店長、鮎彦(あゆひこ)に桃香はこう言われていた。


「今日さ、玄弥(げんや)が裏の仕事で隣りの市に行ってるんだ。だから見かけても話しかけないでやってくれない? 仕事中は違う人格になってるから」


「違う人格って何? こっわ! 修練生ってそんなこともするの?」


 ちょっと怪談でも聞いたかのような、過剰な反応をする桃香。表仕事に就く予定の桃香には、ちょっと理解不能らしい。


「あー。これは玄弥独特の方法かもね。彼はほら、「女性恐怖症」だった時期が長いでしょ? だから女性と関わる仕事の時は、意識を切り替えて違う人間になる方法を取ってるんだ。そうでないと、必要な時に女性に近付けなくなったりで、危険極まりない」


 鮎彦が説明してくれたが、桃香は玄弥の難儀な性質を哀れに思ってしまう。そんなに苦労して裏の仕事をしなくてもいいのに。玄弥なら普通に大学とか行って企業に就職しても、問題がない生活が送れるだろうに。


「桃香ちゃん。なに考えてるか分かるけど、玄弥は苦労だと思ってないからね。それに長老会のじいさんたちにあんまりよく思われてないの、知ってるでしょ? 玄弥は逃げることはしたくないんだろうね」


「それはわかるけど~。はぁ。色々大変だよね~」


 年寄臭くしみじみとこう言う桃香が面白いのか、鮎彦がくすくす笑う。


「もう。なに笑ってんですか店長」


「いや、桃香ちゃんって意外と真面目だよね~。しっかり流行押さえたおしゃれしてんのに」


「店長。女子はけっこう現実的なの」


「そうだよね……女子ってよく周り見てるし」


「褒めてもなにも出ませんよ~。まあ、……玄弥見かけても知らん顔しときますね」


「ありがと……秋金くんの口抑えといてね~」


「……そういうのが一番大変なんだけど~」


 そんな会話をしたのを桃香は、今思い出していた。通りの反対側に、キャップを目深にかぶったくせ毛の長身の男子。おそらくその姿は玄弥なのだが、印象が全く違った。


 女性に向かって微笑んでいる。マジか普通じゃない。まさにあれは別人だ。自分の知っている玄弥とは違う。それなのに、秋金は空気を読まずに話しかけようとする。


「おーいげ……」


 とっさに桃香は秋金の口を手でふさぐ。何事かという目で秋金は桃香を見るが、桃香の目から殺人光線かと見紛う冷たい視線が突き刺さる。遅まきながら秋金は、話しかけてはいけなかったらしいと気が付いた。


「なにやってんのよイタイやつね! 店長から言われたはずだけど?」


「ごっごめん桃香。うっかりしてた……」


「あ~あ。あんたが修練生に残らなくて正解だわ。これじゃ命がいくつあっても足りない」


「そこまで言う?」


「少しは反省してよね。フォローもたいへんだから」


 ぶつぶつと文句を言いながら、それでも桃香は秋金のフォローはしてやるらしい。秋金は少しだけ桃香と距離が縮まった気がして、心の中が花火大会や~と勝手に思っていた。そして、桃香は今それどころじゃなかった。


 玄弥の連れ、大人びた格好してたけれどあれは、確かに鈴木先輩だ。桃香もさすがは女子、男の隣りにいる女には目ざとい。秋金は気付いていないだろうが、女性は化けるのだ。でも店長が言っていたのは、玄弥が「今日は仕事で来ている」ということ。つまり鈴木先輩は彼女になったわけじゃなくて、仕事で必要があっての付き合いなのだろう。


 どんなに優しく微笑んでいても、……彼女じゃないんだよね?


 桃香は仕事の人格から普段に戻った玄弥に、それは訊けない、訊いてはいけないような気がしていた。そして、そろそろ玄弥をあきらめる潮時かな、とも思っていた。おそらく玄弥は素の時でも、自分にはあんな風に微笑んでくれないだろうから。


 高校生の彼らの夏は、それぞれ得る物あり失う物あり。貴重な経験を得たのだった。

まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。

玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。

遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。

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