12.それぞれの夏休み(4)
星羅が母親に駆け寄った頃。「達也」はスーツ姿だが若干下品な男に絡まれていた。
「なんだお前? どうして鈴木さんの娘なんか連れて来たんだよ! こっちにも事情があるってのに」
このスーツ男は竹田議員の関係者だ。本人は重用されていると考えているようだが、玄弥たち「十二家」の者には小物だと伝わっていた。一応「私設秘書」の肩書はあるが、やっていることは後ろ暗い部分が多く、それでいて「十二家」の情報も知らされていない。おそらく不備が出た時の切り捨て要員だった。
「子どもが親に会いたいといって、会わせられないような理由があるんだ。へぇ~。ここ、どこぞの独裁国?」
「達也」はある国の親子を断絶させる方針を彷彿とさせる言葉で、スーツ男を揶揄した。一応議員の私設秘書だから、なにを言われているか分かったらしい。
「このっ! 黙って聞いてりゃ子供のくせにつけあがりやがって!」
思いっきり小物臭をさせて文句を言ってきた。ある程度予測のつく反応に、「達也」は内心うんざりしながら、他の情報を拾いにかかった。
「あれ? 鈴木議員の秘書さんがちゃんと「あやめさん」手放したじゃない。彼女どうしたの? あんた気に入ってたらしいじゃん。若いあの人解放したんだから、子持ちの灯里さん戻したげなよ」
「十二家」の情報で、このスーツ男は「虎の威を借るセクハラ男」と正体は掴んでいる。この男が星一の後妻になった太一郎の女に惚れていたことも、離婚して竹田議員の事務所で働きだした灯里に、意地悪をしつつ色目を使っていることも、全部バレバレだった。
「もういないよ、あやめのやつ。先生が銀座の店に修行に出しちまったんだから。そのうち1軒店持たすとか言い出して。あの尻軽、先生にも脱いで見せたんじゃねぇのか? あんなのはもう要らん。灯里の方がずっといいね」
簡単な誘導でベラベラとしゃべりだす。やはり小物だ。重要なことは何一つ教えられていそうにない。ただ、「あやめの行方」だけは、竹田議員側がはっきりさせないので、「夢先の杜」の裏方は鈴木氏の後顧の憂いを断つにも情報を欲しかった。彼女は鈴木議員と一緒に「門馬旅館」に投宿した経験がある。それだけでも、「十二家」が一度味方した者の政敵等に連れ去られては困るのだ。
「くっだらねぇ。おじさんホントに議員秘書? 竹田議員の傍に居なかったらド〇ケベチンピラじゃん」
「達也」はわざと無駄に整った顔を有効活用し、意地悪な笑みを浮かべ挑発する。「達也」命名「ド〇ケベチンピラ」は、見事に挑発された。
「くぉの……! ずいぶん口が回るなー。女みたいな顔して、鳴かせたろか!」
どすを効かせて脅し文句を言い、「達也」につかみかかってくる。だが、夢先の杜の修練生にはハエが止まるほど遅い。「達也」はさっと避け足を出すと、面白いぐらいに男は引っかかり、あつらえたように置かれたビル脇のゴミ箱に飛び込んでいた。その先は見届けず、「達也」はさっさと立ち去った。
これ以上騒ぎを大きくすると、もう少し頭の良い別の人間が事務所からやってくる。「十二家」との関係が悪化するよりは、竹田陣営を放置した方が良いのだ。こういうものは、持ちつ持たれつだと修練生たちは指導を受けている。
玄弥は適当なファストフード店で昼飯を食うと、身だしなみを整えて「達也」として星羅が戻るのを待った。裏の仕事のことがあるので、灯里に顔を知られるのは避けたいからだ。2階席から通りを見ながら、星羅たちの会話を確認する。星羅に付けたイヤリングは盗聴器になっていた。星羅を母親の傍へ行かせたところから、受信機スイッチを押してあるので、後で鮎彦のところで内容は確認できる。
会話の具合で昼休み終わりに、名残惜しむように親子は分かれたようだ。話しの感触で「達也」は、鈴木母子がちゃんと関係改善できていそうだと感じた。「達也」の中身、玄弥は自分が母親と離れていたせいで関係がなかなか改善しない分、一人っ子の星羅にはそうならないで欲しいのだ。鮎彦に甘いと言われたが、ここはアフターフォローしておきたかった。
盗聴器のスイッチを切り、通りに星羅の姿を確認した「達也」は携帯で星羅に連絡する。星羅は携帯に出るとファストフード店の2階に目をやり、「達也」を発見して笑顔になると、店の中へ入った。「達也」は通りの周辺と店内に不自然にならないよう視線をやり、星羅をつけている人間がいないと確認し、一安心した。
「ごめんね、お母さんとお昼食べちゃって」
「いや、久しぶりなんだからそんなのいいよ。……ちゃんと話せた?」
「うん……ありがとう」
星羅はアイスコーヒーを持って2階席に来ていた。「達也」の前の席に座った彼女は、一つ心配が減ったようなほっとした笑顔をしていた。
「お母さんね、帰ってきてくれるって。竹田先生の事務所はすぐ辞められないけど、うちから通ってくれるって」
「そっか。……よかったね」
「達也」と違い玄弥はそれ以上鈴木家に何をする気もない。玄弥の父と母は5年間ほぼ別居だったが、弥生が本館に帰ってきた途端によりを戻していた。玄弥はなぜそれまで冷え切っていたのにそうなったのか、今でもよくわからない。それだけ夫婦の仲は彼ら次第だと思うのだ。星羅の父と母も同じだろうと、玄弥は思う。そして星羅に優しい「達也」は、それを言わない。
2人はしばらく他愛もない会話をしていた。星羅は気負わずに話せる「達也」に安心しているらしい。そこで「達也」が気が付いたように話す。
「あ、星羅。イヤリングの金具外れそう」
そう言いつつ、「達也」が星羅の両方のイヤリングを外す。
「あ~これ外れかかってる。やっぱ安物はだめだね~。取り替えてもらってくるよ」
しっかり盗聴器を回収して、今度は何もついていない物を用意するつもりだ。
「そう……残念ね。でも……それ気に入ったから、おんなじ形のがいい」
「うん。星羅は真珠似合うから。そうする」
日差しが傾いてきた頃、2人は河川敷の遊歩道をぶらぶらと歩いた。
「実はさ、ここ穴場なんだ。向こう岸の花火大会が見られる」
「え? 今日そんな日だったっけ……」
「そう。そんな日。ほら……向こう側すごく混んでるけど、こちらの岸側も人がいるでしょ」
わざわざ人込みの花火大会会場まで行く気はないが、風物詩は楽しみたいこの辺りの住民が、そぞろ歩いていた。そういうことならと、星羅は星一に電話をかけ、花火を見て帰るから、一緒に夕飯食べられないと伝えていた。「達也」は律儀な星羅をいい子だなと思って眺めていた。