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12.それぞれの夏休み(2)

 師弟のじゃれあいが止まらない。放っておかれた紅葉(もみじ)が話題を替えようと、玄弥(げんや)に訊く。


「ねえ。それより集落の資料はどんな感じ?」


「ああ……今、江戸時代をさかのぼってるところ。昭和はまだ分かったけど、それ以前って筆文字だからスピード落ちてんだ。そういうところ教えを乞いたいけどさ、俺には伝手がないし、そもそも集落のことは極秘事項が多すぎるから」


 時代が古くなっていくと、だんだん“古文書”になっていく。単に中学高校で「古文」を触っただけでは、筆で書かれた文を読むのにスキル不足を感じていた。


「でもねえ、ここまででもいくつか分かったことがある。……紅葉、俺たち十二家(じゅうにけ)が当たり前だと思ってたけど、十二家ができたのって結構最近で江戸時代らしいよ」


「江戸時代~? それって古い話じゃないの?」


 平成を生きる紅葉は、江戸時代は武士の時代で古い時代だと思っていた。悠久の歴史を見通す視点が紅葉には分からず、玄弥は経験で感じていた違いだ。


「まあそう思うのが普通なんだな……。それでその十二の家を選んだ基準は簡単で、「神子(みこ)が多く生まれた血筋」なんだってさ。でも面白いことに、分家筋でも神子になる子どもはいたし、十二家でも集落から出ると神力(しんりき)が使えない者がいたり、逆に外で子を成したのに神子だったとか……。こうなると神子になる条件が「遺伝」なのか「地域」なのか……。謎が深まった」


「へぇ~。もうそんなに読み進めたんだね。さすが玄弥、聡いね~」


 いつやってきたのか、戸口から先見(さきみ)様がのぞいていた。


「先見様! こっそりのぞいてるなんて、脅かさないでください」


 胡桃(くるみ)が口をすぼめて不満そうに言う。


「いや~悪いね。なんか楽しそうにしてるから覗いちゃったんだ」


 先見様はひらひらと手を振りながら資料部屋に入ってきて、玄弥に話しかける。


「古い文書(もんじょ)の読み方か~。確かにそれは技術が必要になるね。……私の知っている人がまだその道にいれば、連絡が付くかもしれないが」


「先見様。外にそんな知り合いいるんですか?」


 ほぼ外神殿(そとしんでん)から出られない神子の中でも秘められた神子、先見様の「外の知り合い」という言葉に、玄弥は驚いてつい、そう訊ねた。


「そう思うよね~。これはホントに偶然さ。一度民俗学、というか今は文化人類学っていうのかな? その教授という人で、集落を訪れる政治家が連れて来た人がいたんだ。普段なら会う気もないんだが、その時は会わないといけない予見があった。多分遠すぎたからはっきりしなかったんだろうね。玄弥が生まれてくるからだったんだな。……今は多分、大学の教授になってるはずだが……連絡先は知らないんだ」


 先見様の知り合いがいるという言葉に期待していた3人は、それを聞いて肩透かしを食らった。でも玄弥はあきらめきれないので、こんなことを言い出す。


「う~ん。その人集落で他に知ってる人いますかね~。……あ。訪れた時期が分かれば、門馬(もんま)旅館の宿帳が」


「やっぱ冴えてるねぇ玄弥は。旅館の息子じゃなきゃなかなか思いつかないもん」


 紅葉が感心したように言う。玄弥としては基本的なことなので、褒められ過ぎだなと感じる。苦笑しながら玄弥は、先見様へ必要なことを伝えた。


「まあ思い出したらでいいんで、いつ頃いらっしゃった人なのか、誰と一緒だったとか分かれば、「通いの文箱」に入れといてください。俺じゃ無理だけど父なら調べられますんで」


 その日は紅葉たちがなぜか資料室に居座り、玄弥の資料読みは進まなかった。あとで訊けば集会室のエアコンが男性神子好みの温度にされてしまい、寒すぎたかららしい。どこかのオフィスみたいなエアコン温度攻防戦が、外神殿でもあるのを玄弥は面白がった。


 そんなことよりも、古い文書の読み進めがこれ以上前の時代について、1人では難しいことが分かった。どこかでレクチャーを受けられないか、高校生に過ぎない玄弥は手に余る問題を抱えてしまった。そしてこれが後の進路を決めるきっかけになるとは、玄弥は思ってもいなかった。


 ***


 高校の一般の友達と筋トレグッズを見に行った翌日、「仕事のアフターフォロー」に出ると家に言い置いて玄弥は、バスで緑ヶ丘の中心部へ向かった。


 学校の用事ではないので、服装も姿勢も集落での普段に近い。そして視線を避けるためにキャップをかぶった。顔をさらしたまま洒落た格好をして、出かけたら困ったことになるのが最近の玄弥だ。自惚れではなく、気を抜くとすぐ女性に話しかけられてしまうので、わざと顔を見えづらくする工夫をしたり、不機嫌そうに見えるような態度を取っている。それに今日は「水沢(みずさわ) 達也(たつや)」。玄弥とは違う人になるのだ。


「達也。待たせちゃった?」


 バスの終点、ローカル線の駅のロータリー。すぐ脇のコンビニで雑誌を眺めていた「達也」のところに、急ぎ足で寄るのは鈴木(すずき) 星羅(せいら)。数日前に正体はバレたけれど「水沢 達也」としてお付き合いすることにした、彼女だ。今日の星羅は、締まった首元がレース編みで上品な、コバルトブルーのスリーブレスサマーセーターに、白いUVカットのカーディガンを羽織り、セーターと同系色のフレアースカート。足元はカーディガンに合わせて白いストラップサンダル。まさにお嬢様なコーディネートだった。


「いや、まだ時間に余裕あるでしょ。星羅を待つ時間も俺は楽しみの時間だよ。今日は2人で何しようかな~とか期待できるからね」


 「達也」の前で、星羅はまるで錦鯉のように口をパクパクさせ、顔を真っ赤にさせている。セーターとスカートがもし赤かったらまるで金魚。普通によくある「今来たところ」ぐらいの返しかと思ったら、真顔で恥ずかしい語りをされた。


「そういう服だとホントに上品でお嬢様に見えるね~。普段とのギャップがあって。……似合ってる」


「……どーいう顔でへーぜんとそういうこと言ってんの?」


「こういう顔」


 わざとキリッとした決め顔にして「達也」として冗談を言う玄弥。完全に星羅をからかっている。星羅は怒っているんだけれど、言ってくれたことは嬉しい内容だし「達也」の顔をした玄弥がかっこいいしで、ぷるぷるして何も言えない。


「こーの。……悪ガキって言われない?」


 やっとダメージから回復した星羅が、声を絞り出した。


「う~ん。そうだね、そうかもしれない」


 玄弥が「達也」になっている時は、密偵として働く時の性格になっている。素の玄弥で銀河(ぎんが)秋金(あきかね)たちといたずらをしたり、お互いに引っ掛けあったりで「悪ガキ」な普通の男子の遊びはしていた。だがあくまで玄弥としてだったので、ここは正直にはなれなかった。変なところでこだわるように思われるだろうが、玄弥は「達也」の性格を作りこんでいるので、後で齟齬が出ないよう立ち回っていた。


「まったくもう……ああ言えばこう言うんだから~」


 星羅がぶつくさ言っていると、「達也」はさっと星羅の手を握ってコンビニの外へ連れ出した。

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