11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(6)
納得が行かない。というか、何かが足りない気がする。美麗が転校して平穏が戻ってきたし、あの3人やクラスメイトとも穏やかに付き合い、冗談も言い合えるようになったが、少しだけ寂しいと感じている星羅がいた。
夏休みに入る直前の緑ヶ丘高校の校舎内。今日はテスト休みが終わり、結果を渡される日だ。各教室で1時限ごとに違う教科担任が、答案を返して正解の導き方の解説があり、さきほど休憩ホール脇の掲示板に、成績優秀者の名前が張り出されたところだ。
「星羅さん、きっと上の方じゃない?」
「そうだよ。誰かさんに時間取られてないからさ~、今回期待できそう」
「一緒に行こうよ。ねっ」
例の3人が星羅に話しかけ、勢いで連れ立って見に行くことになった。
掲示板、2年生の表を見ると、珍しく星羅の名前が載っていた。今までは10位に入るか入らないかで、載っても小さめの文字で下の方。それが、今回5位に入ったらしい。堂々と上位者の大きな文字で掲示されて、見に来たのが少し恥ずかしくなり、視線を周囲に逸らした。その時、視界の隅に1年生の集団が目に入る。
「やっぱすげえな玄弥! 1位だぜ~。俺の幼馴染最高!」
「そうね~。その人にみっちり教わってんのに、なんで頭に入んないのか疑問よ、秋金」
「そーれ! そっくりそのまま桃香に当てはまんだかんな~」
「や……やめて。恥ずかしいから」
隣りの同級生が1位だという男子の肩をたたいて喜んでいる。反対隣りに立つ女子も彼の1位を本当に喜んでいるらしい。なんとも微笑ましい1年生たちだ。周囲にいる男子たちも、ちょっと猫背で自信なさげな彼を認めているのか、ポンッポンッと頭や肩をたたいて賞賛している様子だった。
その様子をぼんやり眺めていた星羅だったが、ふっと彼の髪に目が留まる。「達也の髪もあんなくせ毛だな」とそして、もさっとした感じに見えるが意外と形の良い顎、猫背にしているがどうもしっかり鍛えてそうな体形。もしかして、もしかするかも! と、内心の動揺を抑え一緒に来た3人の話しを聞き流していた。
「ちょ……ちょっと息苦しいから。屋上行ってくる」
そう言って1位の1年生が、こそこそと階段の方へ去って行った。確かめるなら今だろう。星羅は3人に、1人になりたいからと言ってそばを離れた。
階段にはもう誰もいない。星羅はそのまま階段を上り、3階の上の屋上の扉を開けた。梅雨明けした熱気がぶわっと肌にまとわりつく。そして遠くに積乱雲が見える青空が広がっていた。この暑さでは校庭を見下ろす柵付近に寄り付く人はいそうにない。星羅は周囲を見回し、日陰になる給水塔の脇を回り込んだ。
「達也さん……だよね?」
給水塔の影に黒い癖毛の1年生を見つけ、星羅は声をかける。話しかけた相手は、ふっと小さく笑った。
「あー見つかっちゃったか。君にはバレるかもしれないって思った」
「なんで、普段そんな恰好しているの?」
「分からない? 色々注目されるのって疲れるでしょ。星羅さんも」
玄弥は伊達眼鏡を外して胸ポケットに差すと、姿勢を元に戻して髪をかき上げる。星羅の知っている「達也」が笑っていた。玄弥にもよく分からない。なぜか星羅には種明かししようと思ってしまった。そして星羅は、校内で自分が彼の正体を知っている特別になったみたいで、ひそかに喜びを感じていた。
「私に言っちゃっても良かったの? 多分叔父さんに注意されるんじゃ……」
「へえ~。素直に「バレました」なんて言うと思うんだ~。言うわけないでしょ?」
そう言いながら玄弥は星羅に近付き、両手を壁に付き閉じ込めるようにして視線を合わせる。星羅は目のやり場に困ったが、どこにも逸らせない。
「これはさ……2人だけの秘密ってやつだよ。言うわけないよね星羅も……お父さんの知り合いの手を借りて美麗を放り出した、なんて」
「ずるい……私が知らないところで話がついてたのに」
「それはそれ。周りにはどっちが先かなんてどうでもいいし」
そう言うと玄弥は、星羅の耳元に顔を近づける。
「ね……誰にも言わないよね?」
そう耳元でささやかれ、星羅はぞくっとした。なんで自分は1人でここまで来たのか、危険な場所に足を踏み入れてしまった、後戻りはできないと直感が告げる。
「わかった……わかったから」
そう言うしかない星羅だったが、その瞳を覗き込む玄弥の次の行動は想定外だった。玄弥は手を壁に付けたまま肘を曲げると、ちょっと首を傾げ唇を星羅の唇に押し付けてきた。星羅はもちろん初めての事。玄弥は日辻のおねえさん達と練習していたが、外で他人とするのは初めてだった。玄弥も単純なキスだけで済まそうとしていたのだが。
「だめだ……止まんない」
一度離したが、もう一度星羅の唇に、今度はもっと深いキスを続ける。普段同世代の女子と触れ合わない玄弥が、星羅に溺れたようにキスをしていた。星羅は全く初めてのことで、ただ玄弥のキスに翻弄される。もしも誰かが見ていたらほんの数分、だが玄弥と星羅にはかなり長い体感時間だった。
「やば……なんだろう、星羅と相性が良すぎる……」
「な……なにを……」
やっと星羅の口を解放した玄弥の言った言葉は、ぼぉっとした星羅の頭に入ってこない。正体を明かさない約束を取り付けたのに玄弥は、星羅と知らぬ顔をして過ごすことにしたくなくなっていた。
「ねえ星羅。高校卒業まで付き合わない?」
「え……? でも……いいの?」
さっき口留めされたばかりなのに、学校の同級生や「彼の叔父さん」にバレるのではと、星羅は不安だ。
「ん……だから星羅とは「水沢 達也」が付き合うから。デートは学校に関係ない所で」
「じゃあ、学校で会っても話せないの?」
「そうだね。でも……秘密がバレないようにするのって、ちょっとドキドキしない?」
ちろっと舌を出し悪だくみをしている笑顔で玄弥が言う。その笑顔も本人は自覚がないが、女性がコロッと騙されそうな顔だ。その笑顔を見た星羅は、玄弥に冷たくされて高校生活を送るとなったら、耐えられないと思い始める。
「ずるい……。でも、まあ事情があるんだよね。仕方ないか……」
「すぐ察してくれる星羅は賢くて好きだな」
「調子いい! 仕方なくそうするだけだからね! ……でも、なんで卒業までで区切るの?」
星羅が疑問を口にすると、玄弥は少し寂しそうな顔をする。
「そりゃ~住む世界が違い過ぎるからさ。星羅はお父さんを支える側に行くだろう? 俺は、ああいう後ろ暗い仕事が多くなるから。会うのも難しくなるよ」
始まったばかりで終わりを予想している玄弥が、星羅には悲しく見えた。だけど付き合いを続けていたら、何か変わるかもしれないと、星羅は一縷の望みを持とうと思った。
携帯でお互いの連絡先を取り交わすと、玄弥は擬態を戻して階段を下って行った。しばらく待って星羅も屋上を出る。屋上=暑いと思う学生が多いからか、来るものはおらず誰かに見られることなく階段を下る。好奇心で追いかけたら高校生活で初めての彼氏ができてしまった。星羅にはまだ驚きと戸惑いが大きいが、さっきまで感じていた何かが足りない気持ちが、いつのまにか納まっているのに気づく。
玄弥と星羅はお互い、学校内で知らない者同士のようにふるまい、こっそり会うスリリングな高校生活が始まった。
まだ続きます。続きも読んでくださるとうれしいです。
玄弥の成長が主軸なので、結末も決まってて脱線はあまりできませんが、「こんなエピソード読みたい(アップ済以降の部分)」みたいなご意見いただけたら踊って喜びまする(謎)。
遅筆、下手の横好きゆえ実現するかは保障できません。平にご容赦を。