11.お嬢様のお悩みと訳あり男子の邂逅(5)
「ずいぶん印象が変わるんですね。猿渡さん」
校長室を少し離れたところで、美麗は北斗に言った。
「それはお互い様じゃないかな。あの時のJKがこんなおとなしそうなお嬢様に化けるとはね」
「化ける……って何よ。単に遊びに行くような恰好じゃないからでしょ」
「ちがうちがう。ちょっとさ……なんか……真面目になったなーって思って」
確かに美麗は、これまでの馬耳東風な態度と違い、彼女なりに反省していた。それを北斗がくみ取ってくれたようだと思い、美麗は嬉しいと思った。だが、ツンデレ気質がここで出てしまう。
「そっそんなこと言って! 先輩こそ! 今は真面目が服着てるみたいにしてるけど、あの時はピアスまでしてたよね? そっちこそ化けてるじゃん」
そう、あの時の服装は周囲の半グレから浮くこともない、ラフな服装だった。ダメージジーンズに派手目なTシャツ、ゴールドチェーンネックレスに小粒のルビーピアスをしていた。それが嫌みじゃなく似合っていたのが美麗には、その辺の輩よりイケてる気がしてドキドキだったのだ。
「あはははは。……あれ、あっちの方が無理した格好なんだけど? たまーにうちの学校の素行不良がね、ああいうところで補導されちゃったりするから、先生方と巡回することがあるんだ。その時は周囲に浮かない格好するんだよ」
「それが嫌味にならないだけ似合うんだから、こいつも罪なやつなんだよなぁ」
急に割り込む声がした。
「え? なんで? 炎樹さま?」
「なんだよ……様子見だけじゃなかったっけ?」
なぜか前校の生徒会長が私服で工業高校に現れた。しかも、猿渡生徒会長と知り合い? 美麗には謎だらけだ。
「ああ、大山さん。俺たち中学が一緒なんだ。それに、近隣の高校生徒会は交流会があるから、最近もたまに会う」
炎樹が美麗に説明をする。それを若干いやそうに見た北斗。
「どーいうつもりだよっ。引継ぎは終わっただろう? さっさと帰れ」
「いやいや。面白そうだから~。どのぐらい大山さんが真面目になってんのか気になるじゃん。あいつ脅す面倒分ぐらい、からかいに来てもいいだろ?」
脅すとか。何やら不穏な言葉が聞こえて、美麗は何事かと2人の様子をうかがっている。
「マジ? くそ生意気なあいつが? どういう弱みだよ」
「それは言わない約束で、今日の日取りを教えてもらったんだから。そいつは無理」
幼馴染らしい普段の顔の口喧嘩だ。美麗は放っておかれたが面白いのでしばらく様子を見ていた。
「ああ……大山さん、放っといてごめんね。こいつすぐ帰るから」
「まあそうなんだけど……。大山さん、こいつはこんななりでも優秀なやつだから、2学期から付いて行く勉強とか分からなければ相談するといいよ。普通科とちがって実践の勉強も増えるからね」
「はい。ありがとうございます、鳥井先輩。あの……迷惑かけてすみませんでした。あの4人にも会うのが気まずいので、何も言わずに来ちゃったんですけど、できたらごめんなさいって言ってたって」
「ああ、伝えといてやる。まあ、真面目にがんばれ」
そう言うと炎樹は、北斗に軽く手を振ると本当に帰って行った。
「まああいつにとっちゃ、退学者が出る騒ぎがあったってのは、心残りなんだろうな~。「完璧王子」としちゃ」
「完璧王子?」
北斗の口から出た謎のキャッチフレーズ。美麗は確かに鳥井先輩は完璧が似合うとは思ったが、北斗の言うニュアンスが皮肉に聞こえたのが、引っかかった。
「あいつさ、ちょっといい家の次男なのさ。俺も次男だけど、俺は好き勝手やってそれなりの仕事に就けばいいと思ってる。だけどあいつは、特に努力なしで家業を渡される兄貴とそりが合わないんだ。まあ外に出る気はあるらしいけど、しっかり「成果」を見せて親に自分へ投資させたいってやつ? ……めんどいよね」
「いえ……その、立派なんじゃないですか? 多分」
「美麗ちゃんは素直だねぇ。そう、考えてることは立派なんだよ。だけどさ、昔っからあいつは自分に厳しいからね、本当は穏便に済ませられたら、誰の瑕疵にもならなかったって思っちゃうのさ。」
「かし?」
美麗にはどうやら聞きなれない単語だったらしい。
「あー。ええと、傷、だな。ペナルティ。あいつ、彼女に「失敗は誰にでもあるんだから」っていつも言われてるってえのに、未だに失敗すると落ち込むんだ」
「ふ~ん。苦労しますねー」
「まーね。……それより美麗ちゃん。君、お勉強ついていけそう?」
北斗は今、美麗が一番気になっていることを指摘した。先日転校が決まったばかりで、美麗は何も対策ができていない。
「ええと……お恥ずかしい話ですけど、ぜんぜん。」
「やっぱり? じゃあ、お勉強会やろうか。俺が」
「ええ? 生徒会長自らって変じゃない?」
「そうだね~普通ならね~。……今回、普通じゃないから」
ここまで、北斗は普通のクラスごとの教室棟を案内して、渡り廊下を特別教室棟に渡ったところへ美麗を連れてきていた。夏休みに入り、音楽室のある3階は吹奏楽部が使っているが、他は人影もまばらだ。周囲に聞かれる心配のない場所と言えるだろう。
「俺さ、君……気に入ったから。だから……えこひいき」
歩きながら何でもない事のように、北斗はさらっと言う。そしてちらっと美麗の方を見やると、いたずらっ子のようにこっそりウインクして微笑む。北斗は夢先の杜の修練生として、上から美麗をしっかり監視して指導しろと言われている。だから必要があってたらしこんでいるわけだが、北斗は半分以上本気でもあった。
「猿渡先輩……! い、いいんですか? そういうのっ」
気に入ったってどういうこと? それって誤解しちゃうぞ。っと美麗の脳みそは浮かれあがった。だが美麗はそんなに自分の容姿がいいとは思っていない。努力が嫌いで体形が悪いとも思っている。だからあれだけ弱者へ威張りんぼだったわりに、他人からの評価が悪いと勝手に思っていて、明確に”好き”と言われていないなら期待するなと、心にブレーキをかけようとしていた。今まで付き合った人と属する環境が違い過ぎるから、勝手がわからないというのもある。
「いいんだよ。俺も先輩たちにいっぱい助けてもらってるんだ。でもね……美麗ちゃんに教えるのは俺がやりたいからだから、拒否はなしね」
北斗はそう言ってじっと美麗の目を見て微笑む。もちろん、ここで逃してなるものかと北斗はかなり余裕がなくなっている。でもそれをおくびにも出さず、美麗が頷くまで迫る。その圧に負けたというか、ドキドキに耐え切れなかった美麗は、とうとう頷いていた。
「やっ……ったっ! 美麗ちゃんとお勉強会~! 絶対2学期からついていけるようにしような」
「は……はいっ。よろしくお願いします」
役得で舞い上がった北斗は、この後玲子からしっかり許可をもぎ取り、ほぼ毎日大山家に乗り込んで高校1年生からの復習に付き合った。そして実技の実地指導に従業員たちも混じって、美麗にああでもないこうでもないと教えだすと、北斗は従業員たちとも仲良くなってしまった。それが面白くない美麗パパの洗礼も近いかもしれない。
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